あれから4年・・・そして5年目へ

あすなろ応援便が活動を開始したのも、このブログを始めたのも全ては4年前の東日本大震災がきっかけでした。

発災直後に燃料の輸送依頼を受け、後先考えずに飛び出して宮城県大崎市に行き、その帰りに沿岸部へ回った際に目の当たりにした想像を絶する地獄絵図。道路の両側に山積みになった震災廃棄物、屋根の上に置き去られた乗用車・・・。ここは本当に現実の世界なのか、と我が目を疑いました。

何か自分に出来ることはないだろうか、そんな思いから初めてインターネットの操作を教えてもらい、Yahooの掲示板に辿り着き、見よう見まねで物資の募集を呼び掛けたものでした。何も考えず、個人情報などなんのその、実名で住所や電話番号、メールアドレスまで公開し、今となっては随分無茶なことをしたものです。

最初は3~5人の物資提供者から始まり、回を重ねる毎にその協力者が増えることが喜びでもあり、活動の支えでした。1回活動を終えると物資をご提供戴いた方に「活動報告書」を作り、現地の様子や募集する物資の呼び掛け、そして自分の想いを文章にしてお送りしました。これはお送り戴いた物資をどこへ、どんな風に運んだか、現地の方の反応はどうだったか、ということをお伝えすると共に自分自身の記録にしていました。このペーパー版活動報告書は第20弾まで続き、1回あたりA4サイズで約10枚。発送先は最終247名に上りました。パソコンで作成し、写真も取り入れたのでカラー印刷をし、封筒の宛名はせめて自筆で、と拙い字で書かせて戴きましたが何せ時間と経費の負担が大きく、メンバーのT君、Ⅰさんのご指導を戴いて現在のインターネットによる活動報告書になりました。それも回を重ねて39回となり、それ以外にもブログやフェイスブックを駆使して、仕事とボランティアとどちらが本業か解らない程取り組み、東北に没頭した4年間でした。

4年目という節目を迎えるにあたり、マスコミ各社はここぞとばかりに特番を組んで「被災地は今・・・」と躍起になっています。過去の活動報告書を読み返しているとそんなマスコミの対応に苦言を呈していることもありました。あすなろのメンバーは実際に現地で見て聞いて、肌で感じています。報道されない事実というものを知っています。だから、「仮設住宅はかなり老朽化している」だとか「復興はまだまだ」なんて聞いても今更何言っとるんや、お前ら自分で現地に足運んだことあるんか、とTVに向かって毒づいています。選挙前だけ復興を加速させる、とお題目のように唱える政治家、仮設住宅を訪問したと言いながら集会所で予め選んだ住民だけをシナリオ通りに喋らせて仮設住宅そのものに足すら踏み入れなかった高級官僚と呼ばれる人種がいたことを実際に聞いているんですから・・・。

先日、ラグビーのワールドカップ開催地の一つに釜石市が選ばれました。元々、新日鉄釜石という強豪チームがあった地ですから選ばれるのは当然でしょうし、これが復興の起爆剤となる、と喜ばれる方もいらっしゃると思います。しかし、実際には喜びの反面、これから4年間でどこまで復興が加速するのか、ワールドカップよりも先に復興住宅の建設が先なんじゃないか、といった声が聞こえて来るのも事実です。陸前高田でも旧市街地を嵩上げして新たな街を作る工事を行っていますが12mもの盛り土をする工事が終わるのがまだ3年先だと言われています。それから街づくりをするんでしょうが、果たしてどれだけの住民が留まっているんでしょう。4年に及ぶ仮設住宅での暮らしがまだこの先何年も続くことに耐えられるのでしょうか?皆さんもご周知の通り、もともと東北は人口の過疎化が進んでおり、高齢者の比率も高いところです。とりわけ福島では原発事故を受け、若い世代は県外へ避難、或いは移住しています。実際に訪れた仮設住宅では65歳以上の高齢者世帯だけ、というところがありました。「もう生きているうちには自宅へ帰れない。ここで一生を終ることに覚悟を決めたよ」と淋しそうに話されたおじいちゃんの言葉が脳裏から離れません。石巻でも、1階が被災した住宅の2階に4年近く住み続けている「在宅被災者」とお話ししました。「区画整理で立ち退きになるかもしれないから修理も出来ないし、だからと言って今更仮設住宅にも入りたくない。家を新築移転するにも、この家がどうなるか決まらないことにはどうしようもないけど、その話すら止まったまんまだ。」 この方は、見舞い金(?)として500万円ほど受け取ったそうですが、風呂とトイレを直しただけで殆ど使ってしまったそうです。被災地では人手不足・資材不足という理由で工事費が高騰し、工期もいつになるか解らないといいます。震災特需に暗躍している輩もいますし、震災弱者の弱みに付け込んで私腹を肥やす不埒者もいるんです。マスコミが被災地報道を行うのは年に1度、3月11日前後ですが、被災地では365日不安と苦労に向き合っているんです。オリンピックもワールドカップも悪い事とは言いません。東北の子供たちの中にもその夢舞台に立つ子が出るかもしれません。ただ、やはり事の優先順位だけははっきりしてもらいたいと思うんです。4年後の釜石に立派なホテルが立ち並ぶ傍らに仮設住宅が残っている、なんて光景は想像もしたくないです。一人一人の力なんて無に近いかもしれませんが、それが集まれば大きな力になるはずです。そんな想いで微力でも継続すること、一人でも仲間・賛同者を増やしていくことが5年目のあすなろの目標です。

実は、数日前に地元のケーブルテレビの取材を受けました。自分が映るのは恥ずかしいので敢えて好評しませんでしたが、5時間近くの収録から編集されてオンエアされるのは約4分ほどと聞いています。色々話をさせて戴きましたが、どの部分が使われたのかさえ知りません。数日すればインターネットでも見られるそうですので、もしご関心を戴けるならご覧下さい。CTY(ケーブルテレビ四日市)です。

明日からはまた震災関連の報道は激減するでしょうが、どうかこの忌まわしい記憶を風化させず、後世への教訓として行きたいものです。

今回は乱文をお読み戴き有難うございました。事実と異なる点が有るかも知れませんが、今の私の心情を吐露したつもりです。また次回のブログは楽しいものにさせて戴きます。

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宮城県亘理町のイチゴ販売について

既にフェイスブックではご紹介しましたが、亘理の仙台イチゴを販売しています。

1ケース4パック入りです。

出来れば発送の都合上、ケース単位でご注文戴ければ有難いです。

当方までお引き取りに来て戴ければ一括注文でお預かりさせて戴きますが、長時間置いておきますと痛んでしまいますので現地から宅配便で手配して戴こうと思います。

現在イチゴの粒はやや小さめですが、4月頃にはまた大ぶりの物が出来るそうです。

販売価格は1ケース¥2,000(送料込)でお願い申し上げます。

但し、現在はビニールハウス2棟での生産で収穫からパック詰め、発送準備まで生産者が行っていますので、お届けまでに若干時間を要する場合があります。何卒ご了承下さい。

決済方法は追ってご案内させて戴きますので、ご希望の方がいらっしゃいましたら当方へ

送付先住所・お名前・電話番号・注文数をメールにてお知らせ下さい。

メールアドレス:PC  dolphine0913@yahoo.co.jp

                    携帯 hiro-yotsuun@docomo.ne.jp

ご注文を戴いた方には発注日(先方へ依頼した日)・発送日をご連絡しますので、            連絡先(メールアドレス又は電話番号)を必ずお願い申し上げます。

 

尚、フェイスブックをご利用されている方は、グループ名「苺一縁(いちごいちえ)」で検索してみて下さい。これは、文字通り苺で繋がったご縁というネーミングで、賛同者がこれからこのイチゴをみんなで盛り上げるためアイデアを出し合う事が目的です。とりわけ西日本では殆ど流通していない品種ですので、是非ともお知り合いに紹介戴き、販売網の構築にご協力下さい。現地へ行けなくても例えばイチゴのポスターのデザインとかイチゴを使ったデザートレシピなど、生産者に「こんなことをしてみたら?」とか「こんなイベントはどう?」というアドバイスを気楽に提供して戴けます。皆様からのメッセージや激励がきっと生産者の励みになると思います。4年経ってようやく復活の第一歩を踏み出した地場産業を応援して下さい。

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弥生、3月、雛祭り

今年になって月1回のペースのブログ更新になってしまいました。予想以上にお読み戴いている方が多いようで、「ブログ止めたの?」とのお問い合わせを何件か戴きました。フェイスブックは時々書き込みしているので安心していたんですが、FBをやってなくて、このブログが唯一の情報源、と伺い、心機一転また頑張って書き込みます。

早いもので、もう3月に入りました。世の中が一変したかのように一気に春モードに突入し、昨日は至る所で高校の卒業式が行われました。皆様の中にも卒業されたご子息がおありの方もいらっしゃることと思います。ご卒業のお祝いと、これまで育ててこられたご苦労に敬意を表します。高校を卒業してもまだ未成年、これからも親子であることに変わりは無いんですが、少し肩の荷が下りた、といったところでしょうか。いずれにせよ、今の時期は進学する子、社会人となって旅立つ子、どの子も希望と夢に溢れていることと思います。その希望や夢が実現出来る世の中で有り続けて欲しいと心から祈っています。

当社も、今年初めて新卒者を受け入れることになりました。昨年に3度、職場実習ということで延べ1ヶ月余り通ってくれた男の子です。もちろん運転免許も無く、リフトの資格もありません。ただ、仕事に対するひたむきさ、性格の良さ、体力と構内作業なら十分に「戦力」として期待出来る人材です。実は、最初に実習受け入れの打診があった時、「当方は○○○特別支援学校で、生徒も少し障害があるので・・・」と聞いておりましたが、実際に会って面談をした限りでは口数が少なく、表情が顔に出ないという程度で、パッと見はごく普通の高校生でした。学校では活発でクラブ活動も積極的に参加していると聞き、慣れれば大丈夫だろうと受け入れた次第です。実際に実習に入っても自分なりに作業の流れを組み立てたり、教えられた内容は忠実に出来る、25kgの紙袋の積替えも音を上げずにやり通せる体力もありました。休憩時間や昼食時も社員と一緒に過ごしている内に少しずつ笑顔や会話が見受けられるようになりました。人生で最初の就職先に当社を選んでくれたことに感謝すると共に、社会人としての教育指導をきちんとしなければ、と身が引き締まる思いです。卒業式は5日だとのことですので、何かコソッとお祝いを贈ろうかな。

さて、毎年この時期は地元の「梅まつり」に参加しているんですが、今年は雨の為に順延となりました。予備日の8日(日)、天気が良ければ南部丘陵公園で開催されます。我々は毎回「東北応援コーナー」という位置付けで出店しており、今年は主催者の了解を得て、実際に活動報告書でご覧戴いたような現在の活動をそのまま出させてもらうことにしました。もうすぐ発災から丸4年。流石に物資配布は様変わりしていますがこういうことをして東北の人々と交流しているんだよ、というところを見てもらいたいんです。流石にこの時期になると思い出した様に特別番組などでマスコミも取り上げてくれます。先月末にはイギリスの皇太子さまも被災地石巻を訪問され、住民の皆さんと触れ合ったり、献花をされた様子が報道されました。それでも、やはり我々が見聞きした苦労話や厳しい生活環境については殆ど触れられていません。だからこそ、現地の声を知ってもらうのにはこういうイベントが重要だと考えます。

先月もお話しした亘理のイチゴ・・・またその話題か、と思われる方もあることは重々承知していますが、今回の梅まつりに生産者のSさんから摘みたての仙台イチゴを10ケース送って戴きました。昨年12月半ばに復活第1弾として12ケース出荷され、その後毎日摘み取り・選別・パック詰め・発送のための梱包、更に農協への持ち込みまでSさん夫婦と娘さん、お孫さんだけで続けられており、この作業がGW頃まで続きます。ご周知の通り、このイチゴの復活には最初から「あすなろ」も立ち会わせて戴きました。周囲に何も無い状態で初めて訪問し、畑の塩分除去、耕運機の修理、物資や花・苗等のお届けと、Sさんご一家のご苦労を目の当たりにし、露地栽培の仙台イチゴが復活することを楽しみにして来たんですから思い入れが強くて当然です。

SC20150222-113709 いちご4 

そのイチゴ、売れ残ったらどうしようという心配もありましたがあすなろのメンバーや協力者の皆さんから予約を戴き、前日には既に完売してしまいました。日曜日には新たに10数ケースのご依頼を戴き、早速現地へお願いしようと思います。

実は、イチゴが復活しましたが、これからはいかにして販路を開拓するか、という課題があります。以前ブログか報告書で記した通り、Sさんはイチゴ団地(組合)に参加していません。そのため「個選」という扱いでありため、「仙台イチゴ」の商品名やマスコットキャラクターのデザインを使えないんです。正に「自主流通」を行うか、高い手数料を払って農協の流通ルートに乗せるかです。今年は間に合いませんが、次のシーズンに向けてこのSさんの想いの詰まったイチゴの販路開拓・情報発信をお手伝いして行きたいと思っています。どなたか良いアイデアがあれば是非お知らせ下さい。

尚、もし書店へ行かれることがありましたら

    岩波新書   /岡田広行 著 

  「被災弱者」 東日本大震災から4年 これが被災者の現実だ

という本を探してご一読下さい。その中にSさんの記事も載っています。

これは筆者が被災地を回って個別にインタビューしたものをまとめた冊子で、少なくともSさんの記事は我々が見聞きしたものに忠実に書かれていました。私も現在あちこちの書店で探しております。

話は変わって・・・。

以前からお世話になり、親交のある栃木県のK社長さんから連絡があり、この度NPO法人を廃止し、新たに一般社団法人として支援活動を行うことを伺いました。現在お住まいの栃木から故郷の釜石や三陸沿岸部に私財を投じて活動されていたんですが、やはりNPOや個人では資金的にも限界がある、とのことで組織変更をされるそうです。その名称が何と「あすなろ応援」。我々と一字違いなんですが、これも事前に「名前使わせて」との打診を戴いていました。ややこしいかもしれませんが、我々は今まで通りボランティアグループとして活動します。どこかで応援便と応援隊が一緒に活動することもきっとあるでしょうし、想いは一緒です。どうか、「あすなろ応援隊」も宜しくお願い申し上げます。

さらに、四日市にある近鉄(近畿日本鉄道)の内部・西日野線。鉄道好きの方ならご存知でしょうが、この線路は日本でも珍しい特殊狭軌鉄道=      ナローゲージと呼ばれています。レールの幅が76.3cmしかありません。近年は利用客の減少で廃線になる寸前でしたが、近鉄から買い受けた第三セクターの運営により、4月1日から新たな運営会社に変ってスタートします。その名が何と「四日市あすなろう鉄道」!!!

ナローゲージと“なろう”を掛けたネーミングですが、思わず耳を疑いました。あすなろ応援便にあすなろ応援隊、そしてあすなろう鉄道。もしかすると今年の流行語大賞は「あすなろ」かも!とくだらない妄想をする私でした。    

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2015年 あすなろ始動!

2015年も早一ヶ月が過ぎ、今日は節分ですね。1月4日に新年のご挨拶をして以来、丸1ヶ月もブログを放置してしまいました。

昨年末にトラックに追突され、新年早々母親が救急搬送されたことは既報の通りですが、その後僅かひと月の間に色々ありました。

こともあろうに、頑丈だけが取り柄の私がインフルエンザに罹ってしまったんです。年始早々、広島・松江へ運行した後に米子で「富士夢米子隊」のリーダー、SさんとそのメンバーのKさんにお会いすることが出来て、夕食を済ませた後近くの「皆生温泉」にある日帰り温泉を紹介して戴き、疲れを癒して三重に戻り、翌日は雨の中現場卸しで約2時間濡れたまま待機し、どうやらこれが引き金になったようで、その週末は当社初の試みで近くの湯の山温泉で泊りがけの新年会。この日はあっという間に20cmほどの積雪という寒い日でした。少しだるさを感じながらも帰宅して、その夜寒気で目が覚め、念の為に体温を測ったら38℃を超えています。ありゃ、風邪引いたな、程度で月曜日はいつも通り出社。なかなか止まらない咳と悪寒に耐えられず午後から内科へ掛け込み、「A型ですね。」の一言で社員からは帰れコール。ひどいヤツは「社員に移ったら大変だから会社のため、世の為、人の為に出社しないで下さい」とのたまいます。会社にためは判るけど、その後は何なんや!と悪態を吐きながらも渋々帰宅。5日は休めとお医者様からも言われたんですが、家に着くなり少し熱も下がり、別に休む程でもないじゃん、とひたすら時間を持て余していました。結局、取り引き先や会社からの事務連絡が携帯電話にバンバン入ってくるので完全に休もうと初めて電源OFF。結局、4日間静養させてもらって職場復帰を果たしました。

週明けの月曜日(26日)、今度は母親の様子がおかしいと出勤前に部屋を覗いた家内から電話。正月早々のこともあり、恐らく血糖値が上がって意識が朦朧としていたんだと思いましたが、暫くして会話も出来るようになり、「もう大丈夫」という声を聞いて通常通りの業務をこなしていたんですが、午後3時過ぎに外出から帰った娘が様子を見に行ったら「息はしとるけど呼び掛けても反応が無い」と緊急連絡。こちらも荷物の積込み中ですぐに帰れないため、毛布を掛けて体温を下げないように頼み、会社にいる家内にすぐ戻る様連絡し、救急搬送後2時間ほど経ってようやく病院へ掛け込みました。

いつも申し上げている通り、私は筋金入りの病院嫌いで通院は勿論、見舞いに行くのも苦手なんです。それなのに案内されたのは救急救命センターの特に症状のひどい患者さんが手当を受けている一角で、ベッドに横たわった母親には酸素吸入のチューブや点滴の管、血圧やら心電図やらの測定器から伸びた様々な器具やチューブが取り付けられていました。この時点で血圧は60/40、相当低下しており、既に一度心配停止状態だったのが強心剤の投滴で少し持ち直し、人口呼吸で肺を動かしている、という状況でした。何とか血圧が上がってこないかと計器を睨み続けていましたが、担当医から「非常に厳しい状況」であることを告げられ、搬入時の血糖値は何と900もあったとのこと。正月に倒れた時も横浜から弟や孫が帰って来ていたので嬉しさのあまり食べ過ぎて血糖値が急上昇したのが原因でした。「必要な方に連絡を」と看護士さんから言われた時は来るべき時が来たか、と覚悟を決めました。いつも出張が多い三男も、たまたま愛知県に出張していたとのことでそのまま病院へ駆け付けてくれましたが、次男はどうしても仕事の都合で明日になる、との返事。徐々に弱まって行く数値を見ながら不謹慎にも遺影の写真はどれにしよう、葬儀はどうしよう、会社のことはどうしよう、と最悪の事態に向けて心の中で段取りをしている自分がいました。その間にも2度目の心肺停止が数分間あり、心臓マッサージなどの施術により再び持ち直したものの、担当医からは「今度心配停止になったら諦めて下さい。心臓マッサージも本人の負担が相当大きく、このまま延命治療を続けるかどうかを決めて欲しい」旨の話がありました。せめて人工呼吸であれ心臓が動いているうちに次男にも会わせてやりたい、との想いから引き続き延命治療の継続をお願いし、後ろ髪を引かれる思いで深夜に病院を後にしました。翌日は愛知県豊川市までの輸送業務があったので指定時間より早めに現地へ入り、荷受人さんに事情を説明してすぐに荷物を受け取ってもらいダッシュで帰社、その足で病院へ向かいました。昼前に次男も到着、親戚も何人か来てくれていました。担当医に呼ばれてカンファレンス室へ。夜中にやはり3度目の心肺停止があったようですが、この時点では血糖値も少し下がり、弱いながらも自発的に呼吸をしていること、血圧も80まで上がって来たとの診断結果を聞きました。但し、心肺停止の時に脳に血液が回っていないから意識障害などの後遺症か、意識が戻らない可能性もある、と言われ、神経の細かい弟たちは不安を駆り立てられていたことだと思います。せめてもう一度だけでも会話が出来たら、と願いましたがその願いを神様が聞き届けて下さったのか、夕方になって意識が戻り、呼吸器を付けているため言葉は発せませんでしたがこちらの呼び掛けに頷いたり手を動かしたり出来るまでになりました。翌日には血圧も120まで戻り、土気色だった表情にも赤みがさして来ました。「何とか最悪の事態は回避しました」という看護士さんの言葉に安堵しながらも、もし延命治療を断念していたらどうなっていたんだろう、と複雑な心境でした。次男が遅れてくれたから延命出来たのかもしれませんね。今はすっかり容態も落ち着き、一般病棟に移って食事も出来るまでに回復しました。心肺された意識もしっかりしており、普通に会話も出来る状態です。なるべくオープンにしないよう「緘口令」を布いていたんですが、何人かの方からご心配の連絡を戴きました。本当にありがとうございました。

さて、そんな状態でしたので今年はまだあすなろの計画は殆ど出来ていません。しかし、前回ご報告した通り、3月1日に開催される「梅まつり」は予定通り参加することになりました。母親の病状にも依りますが、今の状態であれば今月半ばには退院出来るようですし、逆に梅まつりを楽しみにしているようですので・・・。

今年は「あすなろ」が東北で行っている活動をそのまま地元の人に知ってもらうのが一番の目的です。振舞いやゲームをすることで現地の人達とどう接しているのか、現地の手作り品などにはどんな想いが込められているのかを少しでも理解してもらい、まだ復興はしていないんだということを感じてもらおうと思っています。たまたま社員でバンドをやっている者がおり、彼らがトラックのステージで音楽演奏をしてくれます。報告書でご紹介したトランポリンやゲームコーナー、チャリティーバザーもします。そして東北の物品販売。釜石のminiビン玉ストラップ、陸前高田の板昆布やおつまみワカメ、女川町の秋刀魚サブレや銀鮭フレーク、手作り小物などの販売、そして調達出来れば亘理の「仙台いちご」をPRしたいと思っています。イベントの主体は「梅まつり」ですが、我々は梅まつりではなく純粋に「東北応援イベント」を展開します。それが条件で出店要請を受けたんですから、本部役員から主旨が違うとか物言いがついても構いません。来場者を全て我々のイベントコーナーに呼び集めるという気持ちで臨みます。イベントの様子はまたご報告しますが、まだまだボランティアスタッフを募集しています。現地に行きたいけれど行けない方、あすなろの活動に関心をもって戴く方、何らかの形で東北の応援をしたい方なら老若男女を問いません。気軽な気持ちでお手伝い戴ければ何よりです。まだまだ東北に寄り添って行きたいと真剣に思っている仲間の今年最初の活動に是非ご協力下さい。

因みにお手伝い戴くのは下記の内容です。

・振舞いコーナー  「焼きはまぐり」を予定、接客(のような)サービスのスタッフ                                       

・ゲームコーナー  トランポリンや子供さん向けのゲームを担当するスタッフ

・物品販売      東北から取り寄せた物品の販売スタッフ

・写真撮影、記録スタッフ

時間は午前8時集合、10時開会、14時閉会の予定です。(簡単な昼食は用意させて戴きます。

お問い合わせ・ご参加の申し込みは hiro-yotsuun@docomo.ne.jp 又は

dolphine0913@yahoo.co.jp 樋口博也宛にメールでお願い申し上げます。追って詳細をご連絡申し上げます。

尚、甚だ恐縮ではございますがあすなろ応援便では東北への応援に充当するため、募金の受け付けもさせて戴いております。お寄せ戴いたご篤志は全て東北への消耗品の購入やイベントに要する経費(振舞いの食材、子供たちへのお菓子やおもちゃなど)に充当させて戴きます。何卒宜しくお願い申し上げます。

  ゆうちょ銀行 店名二二八 店番228 普通預金 口座番号2871325

   口座名義 あすなろ応援便

何卒ご理解・ご協力の程、衷心よりお願い申し上げます。

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新年明けましておめでとうございます。

年賀27

慌ただしい年の瀬が過ぎたと思いきや、明日から仕事始めです。皆様、よいお正月を過ごされましたでしょうか。

私事ですが、年末の最終輸送の途上、東名高速で追突されてしまいました。幸い、トラックも自走可能で積荷も損傷が無かったためそのまま東京都八王子市へ納品し、全速力で戻って念の為診察を受けましたが丁度2年前にも追突事故に遭い、担当医からは笑われてしまいました。「お前さんのことやから、通えと言ってもまず来ないやろ!」・・・申し訳無いんですが、病院は大の苦手で、いくら看護士さんが美人揃いでも行きたくない領域です。自分が行くことはおろか、見舞いにも行きたくないのですから。幸いにも軽いムチウチ症状が残っている程度で日常生活には特に支障がないので、改めて頑丈に産み育ててくれた親に感謝です。多くの方にご心配戴き、本当に有難うございました。

年が変わって少しは穏やかに休めるかな、と思いきや2日の夜に母親が体調を崩して救急搬送、新年早々救急車に乗せてもらいました。間の悪いことに到着した救急隊員さんの中に見覚えのある顔が。四日市のボランティアグループでお世話になっているHさんでした。車中で新年のあいさつを交わす、という前代未門の幕開けとなった27年、今年もどんな年になるのか思いやられます。因みに母親は点滴だけで無事帰宅となり、翌日は元気にお千代保稲荷(岐阜県海津市)に参拝しました。

それでも、正月早々に嬉しいプレゼントが届きました。宮城県亘理町のSさんから、あの「露地栽培の仙台いちご」が届きました。早いもので、今年3月で発災から4年になります。なかなか復旧の進まない中、こうして少しずつ本来の姿に戻りつつあることは嬉しい限りです。被災した自宅の周囲には何も無い頃からのお付き合いで、当時オムツをしていた子供さんが今年は小学生になります。4年という月日はあっという間でしたが、その一方でまた新年を仮設住宅で迎えられた住民が多い事も現実です。今年も微力ながら、東北へ足を運ばせて戴く所存です。

いちご 001 いちご 002

さて、明日からは当社も通常営業となります。初日は毎年恒例の安全祈願で地元の海山道神社へ社員全員で参拝します。昨年はかなり人の出入りもあり、今年はどうなるのか、と一抹の不安を覚えましたが年末ギリギリになってドライバーさん2名、作業員さん2名を確保し、何とか十分な戦力を確保出来ました。今年は大きな仕事も確定しており、現有戦力、保有設備をフル活用して業務に臨みたいと思います。

仕事に関しても、ボランティアに関しても益々のご支持・ご声援を賜ります様衷心よりお願い申し上げ、年頭のご挨拶とさせて戴きます。本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

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あと少し・・・

光陰矢の如しとは言いますが、本当に時間が飛び去っていくような今日この頃です。今年も残り10日ほどになりました。

例年、「クリスマス寒波」で当地でもまとまった雪が降り、交通障害などのトラブルが起きるのもこの時期です。私共運送業者にとっても最後の繁忙期でもあり、特に昨年からは慢性的なドライバー不足・車輌不足が続いており、この一週間は断っても断っても輸送依頼が飛び込んで来る状況です。本来なら喜ぶべきことなんですが、流石に連日、それも自分の携帯電話に深夜早朝を問わず連絡が入り、フル充電しても夕方近くにはバッテリー切れになってしまう状況では正直精神的に苦痛なんです。世間ではクリスマスだの忘年会だのと楽しい話題が溢れている時期ですが、少しでもお得意先様への協力が出来ればと全員がフル稼働で臨んでいる次第です。

そんな中、取り引き先の工場長さんから「今年もクリスマスは東北へ行くんやろ?」と電話があり、わざわざ納入日を24日に指定しての輸送依頼を戴きました。23日は天皇誕生日で祝日、荷物を月曜日に積んで出発すれば23日は一日ゆっくり過ごせるだろう、というご配慮だったんです。ただ、2年前に同じ得意先から仙台行きを依頼され、その帰り道に高速道路で追突されたんですよね。しかも、クリスマス寒波が襲来する時期です。本来ならご丁重にお断りするべきなんでしょうが、電話を戴いた瞬間「喜んでお受けします。」と答えた自分に正直呆れております。

そんなこんなで、奇しくも今年もクリスマスは東北で過ごせることになりました。直前に大工のM君から「消防団から白菜提供してもらえる」という連絡を受けていたのですぐに連絡し、お届け先の選定です。今回は仙台と福島県いわき市の2ヶ所卸しですから、あまり離れていない場所、白菜を喜んで戴けそうな場所・・・と考えを巡らせていたところ、一昨年に訪問した南相馬市の柚木仮設住宅を思い出しました。お邪魔した時は150世帯ほどの規模でしたが、窓口のOさんに伺ったところ現在は80世帯ほどになったとのこと。それでも白菜は喜ばれますよ、とのお言葉に即決です。約100個ほどの白菜などを柚木仮設住宅にお届けさせて戴くことになりました。

本当ははこの時期ですから子供さんたちのいる所でクリスマス会や餅つきをしたいところですが、何せ日々の業務に追われて企画が立てられないこと、年末でボランティアスタッフもそれぞれ忙しいだろうということを考え、今年はあすなろとしてのイベント活動を休止させて戴きました。今度「あすなろ」として活動するのは3月頃からと考えていますが、仕事柄東北へ向かう便があるので、それに便乗する形で現地からご要望のある物やご提供戴いた物資をお届けさせて戴こうと思います。新年に持ち越しとなった第40弾は、十分に時間を掛けて企画を練りたいと思っています。

ただ、来年の話になりますが、「あすなろ観光便」を出そうかと思っています。配布会も無し、イベントも無しですが、マイクロバスで復旧工事の始まった場所を見たり、地元の郷土料理を食べたり、観光したり温泉に入ったり・・・そんなツアーを考えています。これまでは物資の配布会や子供さん向けのイベントで、私自身もあすなろ以外の単独訪問も含めて過去50回以上東北へ行きましたが、いつも作業服で交通手段がトラックでは旅行気分にはなれませんでした。仙台のイルミネーションも七夕祭りも、松島巡りも中尊寺金色堂も一度も行っていません。お洒落なレストランがあってもトラックが停められなかったり、とひたすら真面目に応援活動に取り組んできました。そろそろ違う形を取り入れてもいいんじゃないか、被災地とは言うものの、元来は観光地でもあり風光明媚な自然があり、数知れずの郷土料理やみちのく文化が発展してきた地域です。地元の方が「語り部」となって案内して戴けるところもありますし、配布会やイベントでは中々伺えないような話を聞かせて戴いたり、新たな交流のきっかけにもなると思ったからです。昨年のある新聞記事に取り上げて戴いた時に「いつかは観光で」という文言を掲載して戴きましたが、来年はそれを実現出来そうです。企画内容はまとまり次第このブログでご案内しますので、もし行ってみたい、参加したいという方がいらっしゃいましたら是非ご参加下さい。

ここ暫く、爆弾低気圧の影響で日本各地で大きな被害が出たり、あちらこちらで火山の活性化が報じられています。東北も4度目の厳しい冬を迎えています。皆さんが無事に新年を迎えられること、そして健康で過ごされることを心からお祈り申し上げます。忙しさにかまけてブログの更新も滞りがちですが、また柚木でのご報告もアップさせて戴くつもりですので懲りずにブログを開いてみて下さい。

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みちのく一人旅のご報告

12月に入りました。昨日あたりから急に寒波が入って日本海沿岸部をはじめ、あちらこちらで積雪の情報が飛び込んで来ます。我々の業界はこれからのひと月が最も忙しくなる時期ですが、同時に「クリスマス寒波」とも戦わなければなりません。毎年何らかの影響があり大渋滞に巻き込まれたり到着する荷物が大幅に遅れたり、商品の到着を心待ちされている方にもご迷惑をお掛けする時期になりました。39弾以降、次はいつどこへ、と検討するも中々年末の慌ただしさに流され、年内には東北へ行けないかな、なんて思っていました。しかし、念ずれば想いは通じるもので、前回のブログにも書きました通り運良く福島への輸送依頼が入り、しかも納品は日曜日でも祝日でも構わない、と願ったり叶ったりの依頼でした。このチャンスを逃したら年内には行けないかも、という想いから仕事を兼ねての東北行きとなった次第です。

今回の納品先は福島県福島市。二本松インターから東へ20kmの所でした。午前中に到着・納品する予定でしたが途中東北道で事故渋滞にはまったり、連休で行楽客の車が多かったりで11時過ぎに到着。すぐに荷卸しと来年の簡単な打ち合わせを済ませてここからはプライベートです。

この仕事が決まった時、当然のことながら何処へ訪問しようか、と悩みました。一番近いのは二本松の真行寺さん。しかも、出発直前に河芸町のFさんから「庭で出来たから」と立派なレモンをダンボール一杯届けて戴きました。倉庫の中には各地からお寄せ戴いた消耗品や雑貨類、ボランティアさんが仕分けしてくれた冬物コートなど、そして桑名市のTさんが毎日のように当社へ足を運び、錆を落としたり塗装したりと新品のように手直ししてくれたスチール棚8本、これまた磨き上げてもらった愛媛からのストーブ(6~7台)が出番はまだか!とばかりに鎮座しています。いろいろと考えあぐねた結果、無謀にも目的地を岩手県釜石市に決めました。ここは3月に2度、9月だったかに1度お邪魔しており、平素はフェイスブックで繋がらせて戴いています。当初はリサイクルショップとして立ち上げ、今年の5月頃に本業だった居酒屋を再興する予定だったそうですが嵩上げのための移転などで遅れ、ようやく開店の目途が立ったことを伺っていました。居酒屋さんならレモンは絶対使われるだろうし、ラックや炊飯器のことも事前に確認してお送りするつもりだったので出発の数日前に連絡し、日曜日の午後に伺う約束をさせて戴きました。

福島は昼過ぎに出発したんですが、東北道で花巻JCTへ向かい、そこから釜石道を走って遠野市、そこから釜石市鵜住居までトータル300km弱の行程です。結局、ノンストップで走ったものの現地にはすっかり暗くなった午後5時過ぎの到着でした。

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お店ではNさんとNさんのお姉さん夫婦が待っていて下さり、程無くして仲間の漁師さんが応援に駆け付けてくれました。前日に店内も片付き、もういつでも開店出来るぞ、という状態の所へたくさんの物資を持ち込んだので、さぞかし翌日からの後片付けが大変だっただろうと反省しています。この物資の中には四日市市水沢町のSさんがお届け下さったバザー品や炊飯器、千葉県市川市のNさんからお送り戴いたものがあり、絶好のタイミングだったと思います。この「絆 釜石」さんは単なる「居酒屋」じゃないんです。ご存じの方も多いと思いますがこの鵜住居という場所は津波で大きな被害が出た場所で、このお店の周囲は殆ど建物らしきものはありません。少し山側に行けば住宅や我々も過去に訪問した仮設住宅もありますが、「人が集える場所」は皆無に等しいような土地柄です。普段、時間を持て余している高齢者や地域の人達の安らげる場所を提供したい、というNさんの想いでカラオケを導入し、昼間はカラオケを楽しんだり雑談したり出来るスペースに、夜は居酒屋として営業する傍らで物資を配ったりと地域再興のために尽力されているんです。11月の29日に開店予定と聞き、正に滑り込みのタイミングでしたが少しでもお役に立てたのなら幸いです。

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物資の搬入後に夕食を戴いたり雑談をしたり、漁師さんの美声を聴かせてもらったりと長旅の疲れも吹き飛ぶ楽しい時間を過ごさせて戴きました。お姉さまのご主人は油絵を描かれているそうで、油絵協会(?)の会長さんだとか。その席で、「三重の油絵サークルのような団体を紹介して欲しい、油絵を通じて交流をしたい」とのお話しを戴きました。震災後、支援してもらったお礼を兼ねてとのことですので、何とか橋渡しが出来ればと思います。しかし残念ながらその方面には全く縁の無い私です。これを読んで戴いてる方でもし油絵を描かれている方をご存じでしたらお教え下さい。

さて、釜石を後にし今夜の寝場所へ。翌朝に陸前高田で栃木県真岡市から仕事で来られているK社長と待ち合わせているので、ちょうど大船渡と陸前高田の間にあるスーパー銭湯で身体を温め、トラックの中に戻って10分もしないうちに夢の中へ。こんな時に一人だと気楽ですね。

さて翌朝8時過ぎ、陸前高田の未来商店街の駐車場でK社長と久し振りの対面。すぐ近くに夏まつりでお世話になった滝の里仮設住宅があります。駐車場でK社長と来年の仕事に繋がるお話しを戴き、別れ際には「あすなろの活動資金に」と多額の寄付金まで戴きました。思いがけない展開に驚くやら恐縮するやら! K社長も元々釜石のご出身だとは聞いていたので今回の「電撃訪問」を歓迎して戴けたのかな、と勝手に解釈しています。元を辿れば釜石の「勇人君」から始まった繋がりなんですが、本当に素晴らしいご縁が広がっていると感謝しています。

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K社長とも別れ、トラックを走り馴れた45号線へ向かわせます。3年半前に見た陸前高田の中心部、現在はすっかり様変わりしています。山を削って土を運ぶベルトコンベアが延々と伸び、ダンプカーが砂を巻き上げて走り回っています。まだ盛り土が終わるには2年程、それから街造りが始まるとのことで、これから4度目の厳しい冬を迎える仮設住宅の方々はこの景色を見てどう思われているんでしょう。復興住宅も少しずつ出来てはいるようですが、全ての住民が仮設を出られるのはまだまだ先になるようです。

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何度も見た気仙中学校の校舎も全く変わっていません。震災遺構として残すのかもしれませんが、当事者でない自分が見ても未だに胸が締め付けられます。あの「奇跡の一本松」もコンベアなどのために存在すら薄れているように感じます。

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トラックはそのまま南下して南三陸町へ入りました。ここも盛り土が盛んに行われていますが、あの防災庁舎もそのまま残っていますし、津波で寸断された線路の橋脚もずっと放置されています。志津川の海はあまりにも穏やかで、海面を見ている限りはのどかな気分になりますが・・・。

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さて、ここまで来たからにはもうひとっ走り、宮城県亘理町へと向かいます。水沢のSさんから預かった物資の中にお菓子がたくさんあったんです。どこへお渡ししようかと考えていたんですが、以前夏まつりを開催した亘理町の吉田保育所が来年度には幼稚園が完成して分散するために無くなってしまうそうです。それで、学習発表会かクリスマス会に提供出来れば、と亘理のSさんにお願いし、吉田保育所へ届けて戴くことになりました。閉園後は町の施設として使われるそうですが、園児達はそれぞれの地域の幼稚園や保育所へ離れ離れになってしまいます。みんなで過ごせる最後のクリスマス会で喜んでもらえたら、という想いでした。もう一つの目的、言うまでもなくイチゴです。とうとう花が咲いたという知らせは聞いていたんですが、やはりこの目で確かめずにはいられませんでした。「2時半ころ着きますよ」と連絡を入れていたんですが、2時少し過ぎには到着。子供さんたちは既に外で待っていてくれました。すぐにビニールハウスに案内され、扉を開けた瞬間に思わず目頭が熱くなりました。花も確かに付いていますが、青々とした葉の下にイチゴの実が成っていたんです。まだ小さいものが多かったですが中には立派なものもあり、よく見るとうっすらと赤みを帯びています。とうとうここまで来たんだ、と感無量でした。被災した年から海水に浸かった土と向き合い、来る日も来る日も塩分濃度を下げるために水を掛け、多額の借金をしてビニールハウスを建て、2年間野菜を育ててイチゴに適した土に戻ったんじゃないか、と試験的に植えた苗が見事に育ちました。ハウス内では受粉(交配)させるために取り寄せたミツバチが飛び交っています。苗に害虫が付かないようにと色々工夫も施されています。無農薬で育てているため、聞いた以上のご苦労があったと思いますが、イチゴを見ながら満足そうな、そして誇らしげなお父さんの表情が最高に輝いて見えました。既に来年用の苗も仕入れてあり、「これでイチゴは復活させられる」というお父さんの自信の表れだと思います。今度お邪魔する時はハウス一面に赤くなったイチゴが見られるかと思うと今からワクワクしています。Sさんご一家と一緒に過ごしてきたような4年近く、長いようで短いようなヘンな感覚ですが一つの地場産業の復活に立ち会えたこと、恐らく生涯忘れることは無いと思います。お母さんたちとも、イチゴが本格化したらスイーツの店やイチゴの売店したら?という楽しい空想や、イチゴ狩り&郷土料理のツアーを組んでみましょうか?なんて話もしました。案外、実現するかもしれませんね。常磐道も12月6日に南相馬~山元間が開通します。アクセスも徐々に良くなって来ているので、これが地域の復興の弾みになれば、と願って止みません。

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今日12月2日、衆議院議員の選挙の公示がされました。復興対策を最優先に、とか生活を豊かに、とかどの政党・候補者も理想を掲げています。あくまでも個人的な考えですが、領海侵犯をして密漁をするような国、事あるごとに日本を敵対視する国に何百億円もの援助をする必要があるんでしょうか?私もかつて(今でもですが)、阪神大震災の時は会社の状況が思わしくなかったので今のようなボランティアは出来ませんでした。自分が苦しんでいるのにいい格好なんて出来ませんでした。東北の復興も漸く始まったようなもので、まだまだ工事も遅れ、生活に苦しんでいる方は大勢います。長野の御嶽山、熊本の阿蘇山、そして蔵王も噴火の可能性があると言われ、自然災害に対する予算も十分でないと聞きます。今回の選挙でも国費として600億円以上の税金が使われます。海外援助も必要なのか知れませんが、まずは自国を守ること、国民の生活を守ることが最優先じゃないんでしょうか?本来国の将来を決める大切な会議ではお互いの足の引っ張り合い、審議中に居眠りする議員の多いこと、選挙の時だけ出来もしない公約を声高に叫ぶ候補者・・・。これでは政治に対して関心が薄れることは当然ですし、期待も出来なくて当たり前だと思います。有能でも無能でも多額の給与が補償されるんですから議員バッジを付けたい人は後を絶たないでしょうが、ここは我々国民が正当な審判を下すべきだと思います。「政治屋」にはいくら期待してもダメなんです。俳優の高倉健さん、菅原文太さんが相次いで鬼籍に入られました。良く、宮城の山元町で「復興の黄色いハンカチ」の話を聞きますが、高倉さんの「幸福の黄色いハンカチ」に重ねていました。菅原さんは主演が決まっていた映画への出演を東日本大震災を受けて辞退し、その映画の監督である山田洋次さんを裏切ったからと俳優を引退しました。(と聞きました) 菅原さんは仙台出身ということもあって被災地訪問、被災地支援にはかなりの情熱を注いでいたそうです。その潔さには今更ながら感服します。もし、そんな潔い政治家が現れたなら日本ももっと良くなるでしょうね。金と利権に没頭するような輩には間違っても票を入れたくないものです。折角与えられた投票権、皆さん有効に活用しましょう!

さて、訳の解らないボヤキになってしまいましたが今年も残す所あと僅かです。皆様それぞれに慌ただしい日々を過ごされることでしょうが、何とか無事に年を越せるようお祈りしております。年内、あすなろとして活動出来るかどうかは解りませんが、これで終わる訳ではありません。内容は変わっても、また引き続き継続していくことになると思います。第40弾の企画を練りつつ、取り敢えずは繁忙期を迎える本業に最大限の力を注ぎたいと思います。今後も忘れられない程度にブログも更新しますので、何卒応援して下さい。以上、「あすなろ番外編」のご報告とさせて戴きます。

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ご無沙汰していますが・・・相変わらず元気です!

39弾の活動報告をしたのが先月末・・・と言うことは1ヶ月も更新を放置してたってことですね。身体壊してないか、という心配の声やあすなろ辞めたんか?、というお問い合わせを戴きましたがお蔭さまで身体は多少経年劣化(?)でガタは来ていますが相変わらず絶好調です。あすなろの活動もまだまだ継続中です。ご心配をお懸けして申し訳ありません。m(__)m

FB(フェイスブック)では時々投稿したりして近況報告をしているんですが、ブログはタブレットで出来ないため事務所のパソコンで打ち込むんですが、何せ事務所に居る事が少ないので、FBをやってみえない方には失礼しております。

昨日、自宅の庭で出来たからと箱一杯のレモンをわざわざ当社まで届けて戴いた方がありました。昨日は千葉県流山市へ出撃しておりましたのでご挨拶出来なかったのですが、中身を拝見したら一瞬「ミカン?」と思うほど丸々してツヤツヤのレモンが入っていました。お届け先、どこにしようかな・・・と考える間も無く決定! 実は今から福島県福島市へ配送に出発します。世間は今日から3連休とのことですし、当社も明日・明後日と連休を戴きますので何も迷う事はありません。せっかく運賃を戴いて福島へ行けるんだから、その足で暫くご無沙汰している所へ回ろうと思います。その点、一人旅ですから気兼ねなく行きたい所、会いたい人に会えるのは気楽でいいですね。また帰りましたら訪問先などご報告させて戴きます。皆様、どうか楽しい連休をお過ごし下さい。それじゃ、行って来まーす!(^.^)/~~~

 

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第39弾 活動報告書

日毎に朝夕の寒さが増して来ました。早いもので、先週福島へ行ってから早くも一週間、年末に向けて時間が経つのが早くなっているような気がします。第39弾には多大なるご支援・ご協力を戴きました事を先ず以って御礼申し上げます。

第39弾の活動報告をさせて戴く前に、活動翌日の写真をご覧戴きたいと思います。今回の行程は福島県郡山市で10月18・19日の両日開催された「B-1グランプリ」への輸送も兼ねており、土曜日(18日)はあすなろとしてのイベントでしたがその翌日は夕方の備品撤収まで時間があったので、同行してくれたH君と二人、本隊と別れて国道6号線を目指しました。先月走った相馬~常磐広野までの6号線を再度見たかったんです。以下がその時の写真です。

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上記の写真は南相馬市鹿島区の様子です。建物が無くなった広大な荒野、防波堤などの修復工事が始まっているものの、まだ手付かずの場所があります。

下の10枚の写真は同じく南相馬市鹿島区の烏崎の海岸です。ここは昨年6月に案内して戴いた場所です。右上の建物は東北電力の原町火力発電所、この南に福島第一原発があります。

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津波で破壊された防波堤は全く同じ状態、太平洋からの波風で砂がかなり内陸に入り込んでいました。

因みに、同じ場所の昨年6月の様子。大きなタイルが撤去された位で、殆ど変っていないことがお解りだと思います。

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最後に南相馬から富岡に向かう6号線の様子です。対向車も殆ど無く、生活感が全く無いんです。住宅地に入る道路は全て封鎖されてガードマンが警戒に当たっていました。一部進入出来る道路も通行許可証の提示が無いと入れません。

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上の写真でもお解りのように、先月までは車輌の進入も制限されていた場所です。壊れた建物も、屋根もあの日から放置されたままです。はびこった雑草が全てを物語っているような気がしました。

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「道の駅 相馬」も現在は双葉警察署の臨時庁舎となっています。

 

冒頭から辛い写真をご覧戴き申し訳ございません。しかし、被災地の現状をお伝えすることも我々の使命だと思っています。ここも発災までは人や車が行き交い、夏になれば海水浴客で賑わう海岸、米や野菜や果物の産地だったんです。悲しいかな、原発事故の直後に緊急避難を余議なくされ、そのまま3年7ヶ月が過ぎました。ご存じの通り、住民は郡山市や二本松市などの「中通」と呼ばれる内陸部へ、そして県外へと避難されました。今回訪れた二本松市にも沿岸部から避難された方が大勢仮設暮らしをされています。一昨年にお邪魔した仮設住宅も全て浪江町の方々で、子どもさんは殆ど県外へ移住していました。以前の報告書でも、若い家族は子供の健康を考えて故郷を離れてしまい、地元に残ったのは高齢者ばかり、というようなことを書いた覚えがあります。福島から子供や若者がいなくなってしまうのでは、という新聞記事も確かに見ました。それほど原発事故、放射能汚染という問題は深刻なんです。原発の是非を語ることは敢えて避けさせて戴きますが、今回我々が訪問させて戴いたのは正に小さな子供さんを抱え、放射能汚染による健康被害に悩まされているお母さんたちのグループ、「ハハレンジャー」さんがいる幼稚園でした。直接伺うことはしなかった(出来なかったのが本音です。)んですが、恐らく沿岸部(浜通り)から二本松へ避難されていた方もいらっしゃったと思います。そんなお母さん達が悩み事の相談に訪れたお寺が今回お世話になった真行寺さんでした。お時間のある時にホームページをお読み戴ければ幸いですが、http://toshikyoto.com/press/1022→ある方のブログで佐々木住職の講演された内容が書かれていましたので、こちらは是非ご一読下さい。

さて、ようやく活動報告に入らせて戴きます。

今回の訪問はお馴染み「ウグイスの会」 K代表にご紹介戴きました。最初は夏まつりの候補地として一度ご紹介戴いていたんですが、双方の日程が合わずにずっと気になっていた所でした。折りしも前回相馬・南相馬と走った後だけに、どうしても次回は福島へ、という想いも重なり希望をかなえて戴きました。窓口としてご紹介戴いたOさんは住職夫人のお姉さんで、子供たちの「保養プログラム」や「青空市場委員会」の世話役としてご活躍されています。ご自身の子供さんも神奈川へ県外避難をさせているとのことでした。当初、活動内容を打合せした時、「子どもたちの喜ぶゲームを」というご希望があったので、縁日コーナーを中心に企画を立てました。当初は真行寺さんで開催するつもりだったのが法事があるので会場を20分ほど離れたグラウンドで行い、この日に幼稚園の行事として芋煮会とヨガも行うこと、同伴の父兄を併せると来場者は約300人程と情報が入ってきました。幼稚園の行事があると聞いた以上、その邪魔をする訳には行きません。そちらを最優先にし、我々の出し物をどのタイミングで提供するか。これが私の経験と遊び心が試される瞬間です。先ずは縁日コーナー。これは実績のある輪投げ・ゆらゆらコイン、サイコロゲームで決まり!グラウンドだから飛び跳ねる遊びも喜ぶだろう、とトランポリンを追加。更にスリッパ飛ばしの準備もしました。さて、300人分の振舞いは・・・折りしもB-1グランプリに四日市とんてき協会さんも出店されるから、少しでもPRになれば、と人気のある四日市とんてき、そして最早定番となった焼きハマグリ。幼稚園児さんだからと綿菓子にポップコーン。出発当日に桑名のTさんが届けてくれたトウモロコシも焼こう、とスタッフの人数も考えずに次から次へとメニューが追加になります。これが私の最大の問題なんでしょうね。一日粘らせて戴くので、ゲームだけでは無く、工作教室もやりたいなー、と以前経験のある「貝殻アート」を加えたところ、今回石川県から始めて参加して戴くJさんから「石鹸にデコレーションするのがあるからどうですか?」との打診がありました。迷うことなく即座に追加。もうこれで十分だろう、と普通なら考えますよね。然し、この時点で頭の中は興奮状態で、さらにもう一工夫出来ないか、と無い知恵を絞りだす自分がいました。「幼稚園児・・・ヨガ体操・・・。」それを繰り返し頭の中でイメージを膨らませます。「おそらく先生が前に立って、子供たちは一斉にその方向向いてるだろうから、後からそっと忍び寄って一緒にヨガ体操に参加するか、それも着ぐるみなら絶対驚くだろうな・・・。着ぐるみ・・・こにゅうどう君か牛か。」 すぐに四日市市の観光課へ打診しましたが、こにゅうどう君の着ぐるみは既に先約が入っていました。(後から四日市とんてき協会さんだと判明) どうしても諦めきれず、ダメ元で東産業さんへ打診。こちらは2年前の夏まつりでお借りした「ゴミゼロレンジャー」という戦隊モノなんですが、あちらこちらのイベントに引っ張りだこで殆ど諦め気分だったんですが、予想を見事に翻して二つ返事でOKが出ました。この時、出発の3日前。まさに滑り込みでした。

さて、会場となる「岳温泉グラウンド」には早朝8時に到着し、早速配置を決めながら設営にかかりました。ここでは配布会も行いますのでトラックの積荷を全て卸し、なるべく時間の掛かりそうなものから準備しましたが約1時間半を要しました。9時半開会だったんですが、8時半頃からは少しずつ人が集まり始め、「一体何するんやろ?」という冷ややかな視線も浴びつつ、心の中ではこれから展開するであろう歓声と笑顔に包まれたイベントを思いつつ、そして初めて食べる芋煮に期待しつつの時間でした。

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開会式が始まった頃、いつもお世話になっている住友フォークリフトのS君・M君、そして常連スタッフのN川君、元社員だったO君、そして私の5名は「控室」へ。外からはヨガ体操始まりの声が聞こえて来ました。気持ちは焦るものの、N川君以外は皆立派な体格ですのでぴちぴちのスーツに身体を押し込むのに四苦八苦。背中のファスナーを上げるのも他人に頼まざるを得ないじょうたいで、それでもなんとか「変身」を遂げた5名はそっとそっと園児に忍び寄ります。何せ、事前の打ち合わせも、ヨガ体操がどんなものかも知らないままの突入です。とにかく、黙って園児の後に座り、先生のやる通りに動こう、それだけの打ち合わせです。流石に敏感な子供たちが我々に気付き、ヨガどころでは無くなってきました。先生がタイミング良く紹介してくれ、それからは一緒にヨガ体操。遊び半分のつもりがやってみると結構私にはキツイ体操でした。身体が堅いのは昔からですが、「木のポーズ」で片足立ちで両手を上に上げたら見事にふらつきます。どうも体幹が悪い見たい・・・。

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はい、公言の通り、私も変身しました。青いのがそうです。思いがけないサプライズに園児たちは想像以上に喜んでくれました。

さて、ここからは今更説明もいらないでしょうから写真で会場の様子をご覧下さい。

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昼食は持参したお弁当と芋煮。和やかなムード一杯です。

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石川県のJさんたちによる「石鹸デコ」 子供たちに大人気でした。

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どのコーナーも行列が途絶えることなく、最高の盛り上がりでした。

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振舞いコーナーのスタッフも大忙し。トンテキ担当のM料理長、ハマグリとトウモロコシはH君、綿菓子職人として実力発揮の福井県のH社長、当社Ⅰ君はポップコーンで子供たちと楽しんでいました。

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幼稚園の先生・保護者さんによる芋煮。めちゃくちゃ美味しかったです。

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毎回思うんですが、イベントの進行をしながら写真撮影をするのは困難を極めます。専属のカメラマンがいればもっといい写真を提供出来るんですが・・・。もし、カメラマンとして参加して戴ける方があれば大歓迎です。ご連絡をお待ちしています。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、最高の天候に恵まれた第39弾は無事に終了しました。ただ、これで終わらないのがあすなろ応援便です。折角の機会ですし、お寄せ戴いた野菜・米・消耗品を真行寺さんへお届けし、ご住職のお話しを聞かせて戴くことになりました。佐々木住職は自らチェルノブイリへ出向き、そこで知り得た知識を地元福島の子供を救うためにと日夜奔走されています。全国各地の講演会に呼ばれたり、この日も翌日に相馬市へボランティアに行かれるとのことでした。幼稚園の除染をしたり、被爆した食品などによる内部被爆に殊の外神経を使われ、一部の心無い人からは住職の活動が地元の農家などの障害になっていると言われたそうです。ただ、マスコミでは報道されない甲状腺ガンの発症率の高さ、目に見えない放射能への恐怖、帰るに帰れない自宅を案じる人、先行きを悲観して自ら命を絶つ人・・・。現実に福島の人が抱え込んでいる問題を直接聞き、我々の想像を絶する「戦い」が続いていることを感じました。住職に続き、Oさんからもお話しがありましたが、子供の為にご主人と奥さんが離れての生活となり、それが原因で離婚率も急増しているとの事。故郷を離れることの難しさや辛さ。福島の復興はまだまだこれから、という感じがぬぐえませんでした。住職の言葉で気になったのが「国は原発事故が無かったことにしたがっている。福島の人の中にも諦めて忘れようとしている人が増えている」というくだりでした。福島の産業は全てと言っても過言ではない程停滞しています。山菜を採っても人に配るな、とか魚はダメだ、木材も放射能に汚染されている等など、枚挙に暇がありません。この日、イベントを開催したグラウンドもそれほど高くないにしろやはり放射線量が検出されたために除染を行い、ようやく裸足で思いっ切り走り回れる場所になりました。同朋幼稚園さんはこの施設で青空のもと運動会を開催出来たそうですが、他の幼稚園や保育園、学校でも屋外で運動会が出来る所は殆どないようです。このような内陸部でも子供を屋外で遊ばせる時間はかなり親御さんが制限しているようで、子供たちのストレスも相当なものだと伺いました。教育機関や行政機関、公園や街中など、至る所に放射線の測定器が設置され、目に見えない敵に怯えています。

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真行寺さんやハハレンジャーさんが特に力を入れているのが園児たちの「保養」です。内部被爆をしていても、県外の保養地で何日か過ごすことで線量が下がるんです。当然、何十人も保養先へ行けば経費もそれだけかかります。真行寺さんではお寺の中に「青空市場」を開設し、食品や日用品などを配布されています。一部は有料として、その収益金を保養の費用に充当されています。今後も何らかの形でお手伝いし、福島の子供たち、そして日本中の子供たちが安心で健康な生活を送られる日が来ることを願わずにはいられませんでした。住職の尊い活動も風評被害を助長すると言われるようですが、それでも子供たちを守るのが自分の責任だと断言されていました。そんな熱い想いをもった人達が今現在、国から見放されようとしている、忘れられようとしている福島を盛り返そうと尽力されています。このブログをお読み戴いている皆様の中で、この真行寺さん・ハハレンジャーさんの取り組みにご共感戴ける方がありましたら是非とも応援してあげて下さい。

青空市場委員会さんの情報はこちら ⇒ http://haharen.web.fc2.com/index.html

今回の報告は写真も多く掲載したので長くなってしまいましたが、最後までお読み戴き有難うございました。遊びたい盛りの子供さんたちが屋外での遊びを制限され、その反動が今回のイベントで見せてくれた底抜けの笑顔とグラウンドを走り回る元気な姿に現れていたと思うと、またいつか訪問したい、子供たちと一緒に過ごしたい、という気持ちに駆りたてられます。ご関心のある方は是非一度我々とご一緒しませんか?福島にも岩手にも、宮城にも素晴らしい出会いがあります。温かく迎えてくれる仲間がいます。まだまだ復興・復旧は始まったばかりです。実際に見て、聞いて、触れることで何かを感じて戴く機会になると思います。今後もあすなろの活動に温かいご声援をお願い申し上げ、第39弾の活動報告とさせて戴きます。

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ご協力有難うございました!

第39弾、予定通り10月18日(土)に福島県二本松市岳温泉のグラウンドを会場に、二本松市の真行寺様が運営されている同朋幼稚園の園児さんとその家族を対象にイベントを開催させて戴きます。

今回、あまり日程的に余裕がなく、ましてや先月の第38弾からひと月も経っていないので物資などのご協力が戴けるか心配でしたが、お蔭様で十分な物資、そして寄付金もお寄せ戴きました。重ねて御礼申し上げる次第です。

今回、二本松の状況をご理解戴き、金沢のベイフォワードさん・福井のHさんのご協力でお米120kg、日用品などを、愛媛のKさんとご有志の方からお米と里芋40kg、愛媛のウグイスの会さんからはみかん4ケース、東京都小平市のTさんからもジュースや消耗品、千葉のTさんからはオムツ10数ケースと有難いご支援の品をご提供戴きました。さらに大工のM君の作ったほうじ茶と、地元四日市の名産である「水沢かぶせ茶」を使った手作りクッキーをM君の尽力で「かぶせ茶カフェ」を経営されているSさんよりご提供戴きました。

寄付金も大阪府堺市のAさん、静岡県富士市のTさん、愛媛県四国中央市のYさん、岡山県岡山市のSさん、石川県金沢市のNさん、東京都小金井市のTさん、桑名市のTさんよりご送金戴き、これは全てイベントの景品や振舞いの食材に充当させて戴きます。改めてたくさんの方に応援して戴いていることを実感し、皆さんのお蔭で活動が継続出来ていることに心より御礼申し上げる次第です。お米や野菜・果物は全て真行寺様にお届けさせて戴き、ハハレンジャーさんたちにお配り戴こうと思います。

今回は何度も書いた通り、B-1グランプリに併せての活動ですので物資は大型車半分にも満たないかもしれません。もともと子どもさん向けのイベントを、というお話しを戴いたのですが、「ふわふわこにゅうどうくん」は早くから先約が入っていた為に借りられず、着ぐるみのこにゅうどう君も予約済み・・・後になって解ったことですが、四日市とんてき協会さんが借りられていました! 他に何か子どもたちを喜ばせるモノはないか・・・と仕事そっちのけ(?)で考えていたら、ふと夏まつりに使わせて戴いた戦隊モノのコスチュームに辿り着きました。とはいうものの、これに気付いたのが13日、トラックは16日に出発ですから時間がありません。駄目元で所有者である四日市市の東産業 Iさんにメールで打診し、数時間後には貸出しOKのご返事を戴きました。

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この写真に見覚えのある方もいらっしゃると思いますが、2012年8月に陸前高田市の下矢作保育園と宮城県亘理町の仮設住宅で開催した夏まつりのものです。下の左端、何を隠そう私です!昼から代わってくれた右端の人の体型に較べて、なんとムチムチしていることか、と今更ながら笑ってしまいます。50過ぎのオジサンと20歳過ぎの女子大生の差と言えばそれまでなんでしょうが、ある程度パッツンパッツンのほうがヒーローらしくありません?これを今回お借りします。もし着ることになれば(と言うより率先して着てしまうでしょうが)、前回よりは若干体重が落ちているのでもう少し見てくれは良くなるかもしれません。実は、コスチュームを持ち込むことは窓口の方にお伝えしました。当日は朝から幼稚園の行事があるので、黙って忍び寄り、一緒に体操したらどんな反応をしてくれるか楽しみにしているんです。そのために打診したんですが、園長先生も快く了承して戴いたそうですので、三重のオジサン軍団、二本松で弾けます!(スタッフにも黙ってましたが、これを見たらどう反応するか・・・?)

そんなこんなで、いつも公言している通り、「支援」に行くんじゃないんです。自分達が一番楽しみたい、そうすることで地元の人たちも笑ってくれたり、一緒に楽しんでくれたらと思っているんです。少しの時間でも、子どもたちに、そして住民の皆さんに先々思い出してもらえることが出来れば何よりです。少人数であれもこれも、という活動内容にはご批判もありますが、やはり行ったからには出来る限りのことを全力でやり切りたい性分は押えられません。おそらく幾度となく参加してくれるスタッフは半ば諦めながらも解ってくれているものだと勝手に解釈しています。あすなろの活動は行程表も筋書きもありません。行き当りばったり、良く言えば臨機応変にその場その場に入って行きます。今回もどんなドラマが待っているのか、ワクワクドキドキしています。

第39弾にご協力戴いた皆様、本当に有難うございました。この場を借りて、先ずは御礼申し上げます。また活動報告書で良い報告が出来るよう “楽しんで” 来ます!

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