いよいよ今週末!

既報の通り、今週の土曜日(24日)と日曜日(25日)に大船渡市出身のシンガーソングライター、濱守栄子さんが三重に初登場、その透き通った歌声を披露してくれます。

彼女と初めてお会いしたのは2年前に釜石で開催されたイベントでした。飾りっ気のない、言い換えればアーティストっぽくない気さくさで、一生懸命に歌っている姿が印象に残っています。当日は殆ど会話を交わすことなく終っていました。ただ、その場に居合わせた熱狂的なファンの方に目が行ってしまったんです。今、その一人が2年の時を経て当社の貴重な戦力として頑張ってくれています。それまでにも彼の熱狂的ファンぶりは色んな方から聞いてはいましたが、今回ご縁を戴いて濱守さん本人が三重へ来てくれると決まってからはどうも仕事そっちのけで指折り数えて待ち焦がれているフシがあります。(^^;

ボランティア関係ではかなりの有名人、「寺ちゃん」がその人なんですが、自称「親衛隊長」を自負するこの男、何をさておき1に濱ちゃん、2にボランティアという性格で、もはや誰も止められないだろうという筋金入りの男です。そんな彼から失礼ながら辟易するほど濱ちゃん(濱守栄子さん)のウンチクを聞かされ続け、その代表曲「国道45号線」が岩手県トラック協会のイメージソングだったこともあっていつしか機会があれば招致したいな、と思い始めていたんです。

9月の半ば過ぎだったか、栃木のK社長と電話で話した際に今回のイベントの話題になり、その場に本人を呼べないですかね、と半ば冗談半分で話したところ、翌日に「本人OKだから宜しく!」と思いがけない電話が入りました。何を隠そう、K社長は濱守栄子の栃木後援会長的な付き合いだったんです。そんなヒョウタンから駒のような展開でしたが何せ10月の1~5日はB-1グランプリで青森行きが決まっていたので濱ちゃんどころではなく(失礼)、取り敢えずまだ時間があるから、と引き延ばしていました。青森への出発前に濱ちゃんから連絡を戴き、一度お会いして打ち合わせを、ということになったんですが、彼女の現在の拠点は岩手県盛岡市。B-1会場の十和田市からは結構距離があります。取り敢えずB-1の撤収をしてから盛岡で夜9時~10時頃にお会いする約束をしたんですが、何と彼女の方から十和田に来てくれました。偶然近く(?)でイベントがあったとのことですが、そんな彼女のお気遣いにも関わらず結局3時間以上もほったらかしにしてしまい、待ち合わせ場所の岩手山SAでお会い出来たのは10月4日の夜9時過ぎでした。

そこで簡単なイベント概要などを説明し、打ち合わせをさせて戴きました。しかし、この時点では殆どイベントの内容が決まっていなかったんです。今回のイベント=「東北応援フェア in アクアイグニス」は元々四日市のNPO,「防災一座」さんが取り組んでいるイベントに相乗りさせて戴く形ですのであくまでも主役は防災一座さん。我々がでしゃばる訳にはいきません。大体のことは昨年の内容をM代表から聞いていたので、あくまでも「仮定」での打ち合わせになりました。12日になってようやくアクアイグニスさんと防災一座さんの打ち合わせで骨子が固まりましたので漸くこちらの企画をはめ込む作業に入ったのが13日、18日はまた違うイベントに参加させて戴いたので今になって本腰を入れられたという、相変わらずドロナワ式のドタバタ劇を演じています。

それでも、四日市大学のK教授のお取り計らいで大学祭のステージに立たせて戴けることになったり、友人が宿泊するホテルを手配してくれたり、一番のネックになりそうだったキーボードの手配も同業者さんのお力添えで本人の希望された88鍵のキーボードを無償でお貸し戴けたりと、本当に多くの方のご協力である程度形が出来上がってきました。

以下がミニコンサートのスケジュールです。

10月24日(土) 午後13:00  四日市大学

               午後14:45 アクアイグニス

 

10月25日(日) 午前11:00  アクアイグニス

               午後15:00   同上

 

イベント自体は両日とも午前10時~15時30分ですが、我々の出店する東北物品販売、ゲームコーナーは16時ころまで展開する予定です。両日とも女川町から直送された秋刀魚の炭火焼き、メリノール女学院聖歌隊によるコンサート、女川町のパネル展など盛り沢山の内容で、アクアイグニスでも24日から2週間、レストランで東北の食材を使ったメニューが提供されます。しかも、素晴らしい施設ながら温泉入浴料は大人500円という良心的な価格で楽しめますので、是非ご来場ください。スイーツ好きの方なら有名な「辻口シェフ」監修のケーキなども販売されています。

当日は濱守栄子さんのCDやグッズ販売もあります。悪ノリしたい私としてはサイン会・握手会・記念写真撮影と、本人を巻き込んだお楽しみも企画中です。(マネージャーさん、お許し下さいね❤)勿論、CDなどの売り上げは東北応援に繋がりますので、是非ご協力下さい。彼女はこのCDの売り上げやコンサート活動等の収益金から今月大船渡市・陸前高田市の両市に各250万円、合計500万円もの寄付をされました。「希望郷いわて文化大使」「さんりく大船渡ふるさと大使」としての肩書以上の貢献をされている点、本人の故郷への想いなどを見聞きして、しかも三重県へは初めての来訪であるからこそ、我々も全力で応援したいと思っています。

 

寄付金贈呈のニュース

http://www.fnn-news.com/localtime/iwate/detail.html?id=FNNL00029580

 

アクアイグニスのイベント告知記事

https://aquaignis.jp/article_select.php?id=160

 

濱守栄子「国道45号線」 ミュージックビデオ

https://www.youtube.com/watch?v=sibpMtjKn34

 

どうか皆様お誘いあわせの上、濱守栄子さんに会いに来て応援してあげてください。心よりお願い申し上げます。

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東北応援! in アクアイグニス 開催のご案内

朝夕めっきり冷え込むようになって参りました。皆様に於かれましては益々ご活躍・ご清祥のことと存じます。ブログの投稿も長らくお休みさせて戴いておりましたが、またボチボチと復活させて戴きます。

 

さて、間近に迫って参りましたが、来る10月24日(土)~11月8日(日)の2週間、三重郡菰野町にある温泉施設「アクアイグニス」で東北の応援イベントが開催されます。この期間は同施設内のレストランで三陸の海の幸を使った期間限定メニューが提供され、同時に女川町(宮城県)のポスター展が開催されます。今回、NPO/市民活動団体で、我々あすなろ応援便も何かとお世話になっている「防災一座」さんにお声掛け戴き、イベントに参加させて戴くことになりました。

防災一座さんは宮城県の女川町・石巻市・仙台市の復興応援に尽力され、特に女川町では人口流出で存続が危ぶまれた熊野神社の例大祭に神輿の担ぎ手として毎年参加され、またメリノール女学院中・高校の聖歌隊を引率して現地への訪問もされています。そのご縁でこの時期には女川から直送された秋刀魚を焼いて販売したり、物品販売などで現地の応援を続けられています。我々も大四日市まつり、四日市花火大会など地域のイベントでは度々共同参加させて戴いています。

今回、あすなろ応援便としては防災一座さんのお邪魔にならない程度に子供さん向けのチャリティーゲームコーナーを併設して募金活動をするつもりでしたが、ひょんなことからミニコンサートを行うことになりました。

濱守栄子さん・・・三重ではまだ知名度も低いと思われますが、彼女は大船渡市(岩手県)出身のシンガーソングライターで、震災後に銀行員を辞し、故郷の復興のためにと一大決心をして歌手となり、ステージ活動の収益金の中から500万円もの大金を大船渡市と陸前高田市に寄付されました。「希望郷いわて文化大使」、「さんりく・大船渡ふるさと大使」としてのご活躍もあり、持ち歌である「国道45号線」は岩手県トラック協会のイメージソングにもなっています。現在、フリーで活動されている彼女を三重にお招きし、その素晴らしい歌声を一人でも多くの方に聴いて戴きたいと思います。

アクアイグニスでのイベントスケジュールは追ってプレスリリースやHPで発表されますので是非ご確認下さい。

 

 アクアイグニスHP   http://aquaignis.jp/

 濱守栄子HP     http://www.eikohamamori.com/

 

そこで、今回はこのブログをご覧戴いている皆様にお願いです。

先ずは24日・25日のイベントスタッフの募集です。内容は子供さん向けのゲームコーナーの運営、物品等の販売です。全く初めての方でも結構ですのでご遠慮なくご参加下さい。お手伝いして戴ける方は恐れ入りますが当方へご指名・ご連絡先・参加可能日をメールにてお知らせ戴ければ幸いです。

     連絡先・お問合せ  dolphine0913@abeam.ocn.ne.jp

                                   hiro-yotsuun@docomo.ne.jp

                                   携帯 090-3253-0251   樋口博也までお願い申し上げます。

 

もう一つのお願いは大変心苦しいことですが協賛のお願いです。従来あすなろ応援便は活動資金が無く、チャリティーイベント等での募金やご支援者様からの協力金で今日まで活動を続けており、スタッフは全て自己負担で活動に参加して戴いております。今回は岩手からお二人(濱守さんとスタッフ1名)にお越し戴くに当たり、宿泊・交通費、僅かばかりの謝金を捻出しなければなりません。当方も出来る限りの尽力をすることは勿論ですが、このイベントにご賛同戴ける方がいらっしゃいましたら何卒お力添えを賜れれば幸いです。ご本人もイベントの趣旨をご理解戴き、殆どボランティアの意気込みで来県して戴きます。その気持ちに少しでも報いたいとの想いをどうかご理解下さい。

 

     ご協賛金振込先  第三銀行 石薬師支店 普通口座 2269491  口座名義 樋口博也

           書留は 〒513-1123 三重県鈴鹿市下大久保町2486-2

                   四日市運送㈱内 あすなろ応援便 宛

 

甚だ勝手なお願いではございますが、何卒ご理解・ご協力の程をお願い申し上げますと共に、お時間のある方は是非とも会場へお越し下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

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   追伸  イベント当日はminiビン玉ストラップやおつまみ昆布、板昆布やマスカットサイダー、地酒等に加え、陸前高田より直送の

   路地栽培のマイタケを販売させて戴きます。また、濱守栄子さんは24日(土)午後13時頃、四日市大学の学園祭に登場す

   るかも?(現在 交渉中)  決まり次第ご案内させて戴きます。m(__)m

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第41弾 活動報告書

大変長い間お休みさせて戴きました。例によって、体調を崩したのか?とか活動止めたのか?といったお問合せを多々頂戴しましたが、体調は崩していません。活動も続けています。単に、本業その他でバタバタしていたのに加え、大好きな夏ということでしっかり遊び回っていたために報告書に手を付けていなかっただけです。m(__)m  第41弾、すっかり遅くなりましたがこれからご報告させて戴きますね。また長ったらしくなるでしょうから、お手元に飲み物とお菓子でも置いて戴いたほうが宜しいかと存じます。(笑)

 

第41弾はどうしても「夏祭り」をしたい、という私の勝手な希望で、足掛け4年のお付き合いを戴いている岩手県大船渡市の学童保育所、「にこにこ浜っ子クラブ」さんに受け入れをお願いしました。昨年も台風だったかの影響で天候が思わしくなく、開催も危ぶまれたものの何とか持ちこたえてくれて宮城の名取市の愛島東部仮設住宅で夏まつりを開催したことを思い出し、今年も天気は何とかなるだろう、とタカをくくって7月の半ばから準備を始めた次第です。今回は先方のご都合で7月25日(土)に開催日が決定しました。更に今回はあの「笑顔バス」さんもわざわざ日程調整をして戴き、またもやコラボしてもらえることになりました。ところが、最近物忘れが以前にも増して多くなってきた私、24日と26日に中学校の楽器輸送を引き受けていたことをすっかり忘れていました。然し乍ら、浜っ子の皆さんの顔や笑顔バスさんのことを考えれば今更日程の変更など出来るはずがありません。辿り着いた結論が「0泊3日」の強行軍でした。たまたま参加者の中に26日に予定がある方も何人かいたため、恐らく参加者はいないだろうと思っていたにも関わらず、当方から8人、途中参加が2名、現地参加が2名となり、4トン車とマイクロバスで出発しました。

この時期は天気も不安定なことが多く、2週間ほど前には晴れだった予報が段々と悪くなり、出発当日は何とか日差しがあったものの、イベント資材を積み込んだ頃から徐々に大雨の予報が入って来ました。写真の通り、出発前は青空も見えていたんですよ。

今回のメンバーは桑名市のTさん、津市のKさんは2度目の参加、亀山市のKさん、Mr.かき氷を自他共に認めるH君、当社からはN君と料理長Mさん、7月から当社社員となったT君、途中から合流したのが雨女として名を馳せているN先生と千葉のTさん。そして、綿菓子を作るためにはるばる福井からH社長親子が現地まで駆け付けてくれました。久し振りに参加してくれたN先生の顔を見られたのは何よりですが、これで天気は期待出来ないな、と半ば諦めムードがあったのも事実です。それでも子供さんたちの笑顔だけを楽しみに、一路大船渡を目指しました。

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夜も明け、陸前高田ではかなりの大雨でバスから外に出ることも躊躇われるほどでした。あの巨大なベルトコンベアも雨に煙って見辛い状況です。

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午前9時前に無事大船渡へ到着。今回の会場となったのは以前学童保育所として使っていた「佐野契約会館」です。ここは過去に何度かイベントをした場所でもあり、使い勝手も十分知っていた場所なので助かりました。駐車場には既に到着していた笑顔バスが今や遅し、と待ち構えてくれていました。Yさんと久しぶりの握手を交わし、すぐに設営にとりかかります。流石に回数をこなす毎にスタッフの動きもスムーズで、大まかな指示・確認をしたらあとは黙っていても作業を進めてくれます。その様子を見ながら、今回は室内の飾りも行いました。この夏まつりに合わせて、あの福岡の「NTS48」のメンバーさんが福岡から手作りの飾りを送ってくれていたんです。本当はトラックをステージにしてその中に華々しく飾り付けるつもりだったんですが流石に雨には勝てず、室内を使わせて戴くことになったんです。写真では判り辛いんですが、本当に心の籠った飾りのお陰で祭りに花を添えて戴きました。NTS48さんからは後から報告する「菓子撒き」に使わせて戴いた、小袋に詰めたキャンディを200袋、しかも全てに折り鶴が入ったものもご提供いただきました。

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儚い期待も木っ端微塵になったような雨の中、Yさんのご協力も戴いてひたすら設営にとりかかります。今回はこの浜っ子さん一ヶ所だけなので、あれもこれもと考えている内に結構な内容となってしまいました。定番となった「ゆらゆらコイン」、「ヨーヨー釣り」、「金魚すくい」、「カップイン(射的)」といったゲームコーナー、振る舞いでは焼きハマグリ、綿菓子、かき氷、茹でトウモロコシに加えて料理長Mさんによる三重の郷土料理「てこね寿司」と夏の定番「流しそうめん」。。更に室内ではプラレールやボールプールまで店開きするという、相変わらずスタッフの人数を全く考えない暴挙に走ってしまいました。これにクラウン(ピエロ)さんによるパフォーマンスが更に加わるんですから準備も大変です。それでもスタッフ全員が夏まつりを盛り上げよう、子供さんたちを喜ばせようとの想いで、誰一人文句も言いません。(影ではどうだか判りませんが・・・(^-^; )

以下、設営のスナップ写真です。

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外回りの設営がある程度出来て来た頃、子供さんたちを迎えに行ったマイクロバスが帰ってきました。見覚えのある子、覚えてくれていた子、初めて見る子と次々に賑やかに降りて来ます。設営の物々しい雰囲気に圧倒(?)されながら、先ずは予定通りクラウンさんのパフォーマンスで開会です。

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それでは、これから暫く写真で当日の様子をご覧ください。

 

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大雑把ですが、生憎の天候にも関わらず、昼過ぎまでこんな雰囲気で子供さんたちも、先生も我々スタッフもかなり楽しみました。当初の打ち合わせの段階で「てこね寿司」を作ることは申し入れていたんですが、寿司の苦手な子供さんは弁当を持ってきてもらっていました。それでも「美味しい!これなら食べられるよ~!」と言ってお替わりまでする子も続出。Mさんのしてやったり、と言わんばかりの笑顔が印象的でした。H君も縁台に陣取った女の子たちにまるで「わんこそば」かっ!とツッコミを入れたくなるほど焼いては皿に乗せ、という作業をこなしています。そうこうしているうちに流しそうめんの準備が始まりました。実は発災直後の7月に行った夏まつりでは水道水があまり良くなく、断念したという経緯があり、今回は何としてでも流しそうめんは実行したいアイテムの一つでした。直前に四日市大学さんのご協力で見事な青竹を頂戴したので子供たちにはかなり喜ばれました。

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そしてもう一つのメインイベントが残っていました。そうです、知る人ぞ知る「ウォーターバトル」です。「あすなろ」としては毎年この時期には何処かしらで行っているんですが、浜っ子さんでは2回目かな? これも事前に「水着又は着替えの準備を」とお願いしていたんですが、どうやら先生からは水着着用を徹底されていたのか、我々が準備している間に全員が水着に着替え、中には自宅から「マイ水鉄砲」まで持参してくる子、ゴーグルを用意している子と、相当入れ込んでいるのがビシビシ伝わって来ます。それに怖気づいたのか、我がスタッフから参戦してくれる者を募っても自ら名乗りを上げる者がいません。子供たちは今か今かと水鉄砲を持ってこちらの様子を窺っています。結局、N君、K君、T君を指名し、無茶ぶりながら笑顔バスのYさんとクラウンさんにも協力を要請し、その手前自分だけ高見の見物という訳にはいかないので(本当は誰を差し置いても参戦するつもりだった)私の計6名で戦場入りとなりました。

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ご覧戴いているように、子供たちには小さい水鉄砲、大人は年齢のハンデがあるのと少人数という口実で大型の水鉄砲でバトル開始です。N先生曰く、「50歳過ぎてこんなに大人げない人は見たことない」とのことで、その根拠となった写真がこれです。

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Yさんは昨年の愛島東部仮設住宅でのバトルを見られていたからか、着替えも持参され、我々のご無理にも快くお付き合い戴きました。気の毒なのはクラウンさん。まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったでしょうが、それでもサービス精神満開で、子供たちの笑いを取りながら目一杯走り回ってくれました。Yさん、クラウンさん、この場を借りて改めて御礼申し上げます。バトルの様子は以下の通り。なぜかT君だけは丸腰で、子供たちの集中砲火、いや放水を全身で受け止めていました。

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傍から様子を見ていた通行人からはどんな風に思われていたかが気になる所ですが、自分たち(大人)が一緒になって騒いであげると子供さんたち、本当に嬉しそうにしてくれます。逆に、自分たちが楽しくなければこちらの想いも届かないんじゃないかと思うんです。以前から公言している通り、もはや「支援」とか「ボランティア」などという気持ちは全くありません。いかにして限られた時間を現地の人たちと楽しく過ごせるか、それしか無いんです。5月の釜石でもイベントより現地の顔馴染みの皆さんに会えることが何よりの楽しみでしたし、参加者(スタッフ)の交流がこのような機会がある毎に深まっていきます。その時々で交わした会話の中で、「次は何しよう?」とか、「こんなものがあれば欲しいな」という声をいかにして収集するかが次の活動に繋がるんです。その中で、自分たちが出来ることを続けていくことが今の自分たちに求められているんだと思っています。この元気な子供たちの中には未だ仮設住宅で暮らしている子もいます。学校が終わって、学童に来ることが何より楽しい、と話してくれた子もいました。ここには50名以上の子供さんが通って来ます。色んなボランティアグループや個人の支援者もここを訪れ、子供たちと一緒に遊んだりします。4年半経ってもまだまだ先の見えない現実の中、ほんの僅かな時間でもこうして温かく迎え入れてもらい、一緒に笑顔になれる。それが嬉しくて続けていられるんだと思います。もちろん、参加してくれるスタッフには感謝していますが、それ以上に活動を支えてくれる全国の協力者があってこそだと思います。何も言わなくても活動の度に協力金を振り込んで戴く方、イベント用にとおもちゃや物資を送って戴く方、出発前の手伝いに来てくれる方。毎回毎回、本当に大きな力に支えられていることを痛感し、そのご厚情に反するようなことはあってはならないと肝に銘じております。確かに、毎回活動が終わった後は反省することが多々あります。何もかも思い通りにやり遂げた、ということは残念ながらありません。それでも、帰ってから写真を見返すとそこには素晴らしい笑顔が残っています。それだけで「行って良かった」という気持ちになります。もちろん、その笑顔が見たくて行っているというフシもありますが、結局は自分たちが笑顔と元気をもらっているんだな、と思う今日この頃です。

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まだまだ素晴らしい笑顔がありましたが、何せ頭数よりイベント内容が多いので写真を撮るヒマが無い、というのが実情です。どうか皆さんの想像力を如何なく発揮してご想像下さい。半日ではありましたが、かなり内容は濃かったと思います。

閉会前に福岡から送って戴いたキャンディを「菓子撒き」としてプレゼント。その中に「当たりクジ」を10個入れ、提供のあった洗剤などをプレゼントさせて戴きました。尚、ここにご提供戴いたプラレールやボールプール、ぬいぐるみや文具など全てお預けして来ましたことをご報告致します。ご提供者の皆様、本当にありがとうございました。m(__)m m(__)m m(__)m

最後になりましたが、今回お世話になりました浜っ子クラブのK先生はじめ職員の皆様、本当に大騒ぎさせて戴き有難うございました。

 

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以上を持ちまして第41弾の活動報告とさせて戴きます。最後までお読み戴いて誠にありがとうございました。

尚、言い訳ではありますが今回パソコンをWindowsXPからWindows7に入れ替え、更に10にバージョンアップしたことで活動報告が大幅に遅れ、ブログの更新も出来ない状況でした。ブログを読んで戴いている方からはご心配の声を頂戴しましたが、ようやく使えるようになりましたので、今後も宜しければご覧下さい。ブログの更新はFacebookでもお知らせします。

この第41弾のあと8月5日に単独ではありますが四日市大学さんの「ボランティア交流会」(東松島市)に参加させて戴きましたので、「第42弾」として追ってご報告させて戴きます。

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絆 〰 きっかけ、ご縁、そして行動!

第40弾の活動内容は報告書でご覧戴いた通りです。今日は、その中で生まれた新たなご縁について少し触れさせて下さい。

あすなろの活動はインターネットのYahoo掲示板から始まりました。2011年の5月から、それまではインターネットすら使いこなせないド素人だったんです。その頃は掲示板もすごく情報量があり、「支援/ボランティア」で検索すると何百、何千というサイトに繋がりました。私自身もあるサイトを専門に閲覧し、そのページで提供される物資や希望される物資を毎日見ていました。その内に自ら「書き込み」をすることを覚え、衣料品や雑貨などの募集を始めました。当初は10件にも満たない反応でしたが、やがて20件、30件と日増しにアクセスが増えてきました。何せ、インターネットの怖さを知らない頃でしたし、当方の素性を明かさないと信用して戴けないだろう、と氏名や住所はおろか、携帯電話番号、メールアドレスを全てオープンに書き込んでいたんです。今考えると何とも馬鹿な話ですが・・・。

その頃からご協力戴き、今日に至るまでずっとあすなろを気に懸けて下さる方が何人もいらっしゃいます。よく登場して戴く四国中央市のKさんのグループもしかり、石川、東京、千葉、埼玉、静岡、愛媛、などなどそのご縁は全国に広がりました。いまでも北は北海道から南は沖縄県まで、何らかの募集告知をすると必ず応えて戴きます。一時は「突撃訪問」と称して出張で行った先に何度も物資をご提供下さった方がいらっしゃれば厚かましくも顔を出す、ということもしました。勿論、一度だけご協力戴く方もあれば、匿名匿住所で送られたために連絡先すら解らないという方もありました。その中で、何度もご協力戴いている方だけでも直接御礼を申し上げたいという気持ちでした。(突然アポイントなしの訪問ですからさぞかし驚かれた方もあったと思います。)

先日、仕事で福岡県へ行くことがあり、その時に「NTS48」というグループ名でずっと東北の応援をして戴いているHさんに連絡してご挨拶させて戴く事になりました。このグループはキャンディやチョコレートを小袋に入れてメッセージを添えて当方へ、そして東北へ直接送って戴いています。最初ダンボール箱一杯のキャンディを見た時はすごく感動したのを覚えています。季節毎のイベント(バレンタインデーなど)に合わせて送って戴いているようで、勇人君のブログにも紹介されたりしていました。しばらく当方とは連絡が途絶えていたんですが、先月だったかに「大船渡からお礼のお菓子が届いた」という知らせを戴きました。その時に「必ずご挨拶に伺います」というような根拠のない返信をしていたんです。それから暫くして第40弾の活動に行き、報告書でも紹介した「ロールケーキ」を佐賀県から送って戴いた方を米子のみっちゃんからご紹介戴き、確か活動から戻った翌日か翌々日にフェイスブックで繋がらせて戴きました。間も無く、佐賀から会社までわざわざ手作りケーキを送って戴き、いつかは御礼を・・・と思っていた矢先、福岡行きの話が急に決まったんです。それも金曜日。このタイミングを逃したら口先だけのオオカミ少年(中年?)になってしまう、とばかりに早速博多のHさん、佐賀のNさんに連絡し、HさんとNTS48のメンバーさんとは金曜日の夜に、佐賀のNさんとは土曜日にお会いする約束を取り付けました。この点が良くも悪くも私の行動力、思い立ったが吉日、を地で行くような単細胞人間です。お客さんには失礼な話ですが、とにかく4年越しで初めてお会いするNTSさん、ご紹介戴いてから僅か2週間ほどでお目に掛かれるNさんのことばかり気になっていたのは事実です。昼過ぎには終わる予定の打ち合わせもこんな時だけは長引くもので、結局先方を出たのは夕方でした。久し振りの福岡だったので、ずっと電話だけのやり取りで済ませていた旧知の取り引き先にも何件か駆け足で回り、逸る気持ちを抑えつつ、Hさんの会社の駐車場へ滑り込んだのは午後6時近くだったと思います。駐車場まで出迎えて戴いたHさんを一目見て「あれ?人違い?」というのが最初の印象でした。過去のやり取りで、失礼ながら自分とさほど変わらない歳で、息子さんは大学生とお聞きしていましたのでそれなりの風貌(本当に失礼!)を思い描いていたんですが、実物は大違いでした。どう違ったかは写真からご想像下さい。

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皆さんご家族がありながらわざわざ夕食会を設定して戴き、支援の話、仕事の話、家庭の話ととにかく楽しく賑やかな一時を過ごさせて戴きました。自分の左がHさん、右がF課長さん、たえこさん、かよさんです。只でさえこんな場に遭遇することに慣れていない緊張感と、700kmの長距離運転の疲れで顔が引きつってますね・・・。F課長さんの粋な計らいでご馳走になってしまい、お土産まで頂戴しました。皆さん、本当にありがとうございました。m(__)m

翌日は佐賀県伊万里市へ。当初は単独での訪問だったんですが、今日の話をしていたらHさんが同行したい、とのお申し出があり、Nさんにもご了解を戴いたので奇しくも伊万里へ二人旅となりました。朝、ご主人様に送って来て戴いたHさんと挨拶もそこそこに都市高速から長崎道を経由してNさんとの待ち合わせ場所、伊万里市民図書館へ到着です。昨日初めてお会いしたとは言え、メールのやり取りなどで少しは緊張しないかな、とは思っていたもののやはり車中での話題が続かず、今更ながらシャイな自分に気付きました。(^^ゞ

Nさんのことはみっちゃんからも聞かされており、FBでのやり取りも拝見していたので、こちらも以前からの顔見知りのようで、改めてFBの威力を感じます。NさんにHさんを紹介しましたが、ご実家が佐賀県だというHさん、早速地元の話で打ち解けて戴いたようです。Nさんに最初にご案内戴いたのが「お寺カフェ 魅塾(みじゅく)」でした。ここは壹之寺の小島住職が運営する地域の文化等の発信拠点にもなっています。一歩中に入るとご住職こだわりのコーヒーの芳香が漂い、壁には様々なコーヒーカップが整然と並んでいます。お客さんが好みのカップを選べるそうで、こんな喫茶店が近くにあったらさぞかし入り浸るだろな、と思いました。

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お昼時でもあり、ご住職が「ランチ」を準備して下さっていました。ここでは「酵母料理」を出されているそうで、調味料を殆ど使わずに酵母の力で食材本来の旨味を引き出すそうで、これには平素ソースや醤油、塩、マヨネーズに大変お世話になっている私としては「薄味の精進料理なんだろうな」と正直期待していませんでしたが、出された料理を見たとたん、そんな邪念が吹っ飛びました。盛り付け、器だけでも「高級料亭」の雰囲気です。そして気になる味のほうはというと、予想に反して味が濃いんです。それも調味料の味ではなく、野菜の甘さが味覚音痴の私ですら感じます。煮物、汁物、サラダと堪能し、メインディッシュは何とステーキではありませんか!

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いやはや、恐れ入りました! 食べていると気のせいか身体の中から元気になって来るようです。ここには是非とも知人や家族を連れて来たいな、と真剣に思いました。ご関心のある方、一度ご一緒しませんか?ご住職の楽しいお話、深いお話もご馳走に華を添え、頭の上を飛び交う佐賀弁に苦笑しつつも実に素晴らしい時間を過ごさせて戴きました。ここでも「魅塾」のメンバーで、先の選挙で市会議員になられたMさんもご紹介戴き、現在小島住職を中心に「旧佐賀銀行楠久出張所跡を文化造形構造物として保存・利活用する」署名活動にも取り組んでおられます。郷土史の研究にも力を入れられているので、又の機会に改めてゆっくりお話を伺いたいものです。

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小島住職ご夫妻(後方左側)、今回お世話になったNさん(後列右)、市会議員Mさんとの記念撮影です。

後ろ髪を引かれつつ、次にご案内戴いたのが「遊遊窯」。こちらの作品はみっちゃんのFBでもよく紹介されており、代表のN山さんが「魅塾」の塾長を務められています。この時まで知りませんでしたが、2年前に鳥取県の大山で開催されたみっちゃん主催の東北応援コンサートに当方からステージとして大型車を走らせました。その場に小島住職、Nさん、N山さんも来られていたんだそうです。お会いしたのは今回が初めてでも、すでに2年前から繋がっていたんでしょうね。

遊遊窯のN山さん、元は美術教師で、市民大学にも携わっていらっしゃったそうです。陳列された器には見ているだけで頬が緩むような可愛らしいデザインと文字が表現されています。魚の図柄が多いのも気になっていましたが、お話をするうちに「根こそぎ丸」と名付けた船を所有され、趣味の釣りで釣れた魚をモチーフにされているとか。どうりで特徴を上手に捉えているはずです。ここでもHさんとの佐賀弁会話がさく裂し、どうやらNさんとHさんには共通の話題も多かったようで、時々難解(?)な佐賀弁を要約すると「世間は狭いな」ということらしいです。

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そしてここで待望のデザートタイム! Nさん、趣味でケーキ作りをされているんですが、その味は既に送って戴いたバナナケーキで確認済みでした。今回は、釜石で食べられなかったロールケーキをご持参戴き、遊遊窯のギャラリーで美味しく戴きました。

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左が送って戴いたバナナケーキ、右がコーヒー風味のロールケーキです。写真を撮るまでに食べてしまったので残念ですが、お土産に、とバラの花をかたどった「薔薇ップルパイ」というアップルパイを戴きました。これまた絶品であったことを付け加えさせて戴きます。早くも夏にはまたここで、という話で盛り上がり、頭の中で日程調整を始めている私に気付いたのは明らかです。

たくさんの思い出を土産に、Hさんと福岡へ戻る途中、唐津の「虹の松原」へ案内して戴きました。生憎の曇り空でしたが、鏡山の展望台からは青々と生い茂った松原が眼下に見え、遠く唐津城も見えました。天気が良ければ壱岐や対馬も見えるそうで、ふと陸前高田の松原もこんな感じだったのかな、と頭を過ぎりました。実際に砂浜へ行くと浸食も激しくなっているそうで、いつまでもこの自然豊かな海岸線が残る事を願わずにはいられませんでした。

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相変わらずの駆け足訪問になってしまいましたが、皆さんには本当に楽しい時間を作って戴きました。今回のタイトルのように、「絆」というものは些細なことがきっかけとなり、そこから戴いたご縁を行動することで繋げていくものだと確信しました。今回お会いした皆さんも、実際に東北へ行かれていなくてもそれぞれの立場・地域からずっと想いを寄せられています。何かの拍子に思いも依らない形で繋がって行く、それが偶然では無く必然であったとも感じます。東北と三重と九州、普通に考えれば接点があること自体不思議なんですが、実際にこうして繋がっていくんです。これからも全国の「点」と「点」が繋がって「線」になっていくことは間違いなくあると思います。一度繋がった線は、会えば会う程太くなっていくでしょうし、そこからまた新たな線に繋がっていきます。それを楽しみに、また色んな出会いに想いを馳せて九州を後にしました。Hさん、Nさん、本当にお世話になりました。またお会いする日を楽しみにしております。

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最後の写真が今回の全てを代弁してくれています。(●^o^●)

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第40弾 活動報告

39弾が昨年10月18日でしたので、約半年ぶりの活動報告です。年末年始は仕事の繁忙期でもあり、なかなか東北へ行く時間をつくれなかったんですが、3月は地元の危機管理室と消防本部が主催した防災パネルディスカッションに釜石の勇人君共々パネリストとしてお呼び戴き、4月は毎年恒例のエキサイトバザール四日市に東北応援ブースとして出店。それ以外にも東北絡みで動いていたので、何故かそんなに間が空いたとは思っていませんでした。

実は、3月の連休に一度計画はしたんですが、母親の入院・手術があったために5月の連休で、と延期させて戴きました。その間、色んな想いが交錯し、あそこへも行きたい、あの人にも会いたい、と次から次へと想いが募り、日程も過去に例のない車中2泊・現地2泊の活動になりました。正直、何から報告させて戴けば良いのか解らない状態ですが、いつも通り時系列で報告させて戴きますね。今回は長文になりますのでお手元に飲み物やお茶菓子をご準備の上お読み戴ければ幸いです。(*^_^*)

 

今回は一応(?)承諾を戴きましたので差し障りの無い程度でお名前を使わせて戴きます。今回の参加者は知る人ぞ知る米子のみっちゃんと息子の祐希君、四国中央市から山内ご夫妻、千葉のみずほさん、一宮市から谷さん、地元三重からは内藤君、紀平君、平田シェフ、舜君、志乃さん、渡邊さん、伊藤さん、川出さん、豊増さん、谷口君、高田さんとその娘のこころちゃん、伊藤君、柳田さん、中川君、そして私。総勢22名がトラックとマイクロバスに分乗して一路東北へ出発したのが5月2日の午後7時40分。 その後、福島県の富岡町で埼玉の寺さん、石巻で栃木の高野さん、更に釜石で福井の平木さんと息子のトシ君が合流し、最終的にあすなろとして26名の大所帯となったこともご報告させて戴きます。(出発前にCTYの取材があったのと、私が免許証を見失ったために10分遅れの出発となりました。)

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画像では解り辛いですが、4トン車に満載の物資やイベント用品、そして愛媛のウグイスの会様から提供戴いたミカンも積み込んでいます。昼頃からは参加者も集まりだし、一部の方にはあすなろのDVDや過去の写真などを見て戴きました。

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今回、初参加の方も6名いらっしゃいましたが、初めてとは微塵すら感じないほど最初から打ち解け、出発前にはすでに和気あいあい、という雰囲気でした。それぞれのご活躍については文中でご紹介するとして、早速本文に入らせて戴きます。

GW真っ只中でもあり、高速道路は恐らく大渋滞、絶対参加者からはクレームが出るだろうな、と覚悟していたんですが、出発直前に私の免許証が行方不明になり、大騒ぎして10分ほど出発が遅れたのが良かったのか、それとも参加者の心掛けが良かったのかは定かではありませんが、予想以上にスイスイと走り、目的地の常磐道広野IC手前のPAに着いたのは午前5時頃。待ち合わせをしている埼玉の寺さんに連絡をとり、富岡町内で合流し、最初の訪問先であるJR富岡駅へと向かいました。既にブログでもご紹介した通り、今回の目的は3つあり、初日はとにかく「現状を見てもらう」日程を組みました。毎年3月11日が近ずくとTVなどでは必ず報道特集を放映します。それでも、映し出されるのはかなり復旧工事が進んだ場所であったり、悪く言えば美化された内容が多かったように感じます。捉え方は十人十色ですが、せめてあすなろに参加してもらった人には現実を見て欲しい、と敢えて選んだ場所でした。

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上の写真はJR富岡駅前の僅か数百mの市街地です。もちろん、人影は全くありません。つい最近まで立入り禁止区域だった場所です。それぞれの建屋の中には発災時のまま取り残された家財道具などが散乱していたり、軽トラックが津波で押し込まれたままになっています。押し入れにはハンガーに掛かったままの衣服、床には食器などが散乱したままです。これでも「瓦礫」と呼ばれるものはかなり撤去されたそうですが、流石に4年たって改めてこの光景を目にした瞬間、胸が締め付けられて言葉を発することが出来ませんでした。福島県と聞くとどうしても原発のイメージが強いですが、沿岸部は当然津波の被害も被っています。この辺りも1階部分は殆ど壊滅的被害を受け、場所によっては2階まで津波が達していたであろう痕跡も見受けられました。

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この4枚は富岡駅のあった場所です。辛うじてホームだったというのが解る位で、駅前の駐車場の看板も捻じ曲げられたままです。右下の建屋は除染した土を詰めたフレコンバッグの貯蔵施設(仮置き場)です。国道6号線や常磐道の左右には野積みされた黒いフレコンバッグがあちらこちらに積み上げられていました。現在はあくまでも「仮置き」ですので、いずれはどこかへ移動させるんでしょうが、何千トン、何万トンという気の遠くなるような膨大な量です。これだけでも復興はまだまだ先が長い事を感じました。

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どうか記憶の片隅にでも留めて下さい。これが2015年5月3日現在の富岡町の現実です。

 

さて、続いて訪れたのが南相馬市で活動されている「復興浜団」の本部でした。この時期、ここでは菜の花畑に迷路を作っています。今回合流してくれた寺さんもこの復興浜団のメンバーであり、時間を縫っては泥出しや遺骨捜索などのボランティアを続けています。私も浜団さんのことはよく知りませんが、代表者の上野さんが被災してご家族の何人かを無くされ、被災した自宅を個人的に「震災遺構」として残されています。震災後に誕生した娘さんには亡くなった兄弟の名前を宛がわれています。綺麗な菜の花と青空に泳ぐ鯉のぼり、天国から見て喜んでくれていることでしょう。

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写真撮影は如何なものか、とは思いましたがこれはどうしても伝えなければならない、と思い少し横から失礼させて戴きました。自らの辛い思い出を封印し、一人でも多くの方に伝えたいという想いで被災家屋を残されています。玄関には幼い兄弟への手向けの花がたくさん供えられていました。

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続いて回ったのは広野火力発電所の見える海岸。相変わらず荒野と化した土地に崩れた堤防がそのまま残されています。見渡す限り建物らしきものが何一つ残されていない光景は改めて津波の破壊力を感じさせられました。

この後、南相馬・相馬市内のR6を北上し、亘理へと向かいました。広野からの6号線では進入路が全て封鎖され、草だらけになっている民家、中に商品が残されたままの店舗など、移動中はバスの車内も皆押し黙り、重い空気が流れていました。それでも相馬あたりでは普通に営業されている店舗や生活感のある住宅を見て、僅かな(原発からの)距離でこんなにも違う風景になるのか、と感じた人も多かったと思います。そんな重苦しい気分の中、亘理の斎藤さん宅へ到着し、イチゴ畑を見せて戴き、お母さんの用意して戴いた郷土料理を味わううちにかなり気分も楽になりました。お父さんからイチゴ狩りもさせて戴き、しばし楽しい時間を過ごさせてもらったんですが、今日は釜石で使うためのイチゴを受け取りに立ち寄るのが目的だったので、早々に切り上げ無くてはなりません。後ろ髪を引かれつつ、お母さんが用意してくれた豆ごはんと赤飯の「お弁当」まで戴いて次の目的地へ。

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何せ、この日は福島から岩手県大船渡までの移動で、立寄りたいところもたくさんあります。時計を気にしながら亘理ICから仙台東部道路へ入り、一気に石巻へ。ここで最初に訪れたのは門脇小学校でした。石巻も大きな被害が出て、この小学校も火災に見舞われて当初は黒焦げの校舎が無残な姿を見せていました。今はシートで囲われ全容をみることは出来ませんが、すぐ近くの慰霊碑には慰問に訪れる人が後を絶ちません。

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次に向かったのが大川小学校。ここは昨年初めて訪問した場所ですが、今でも全く変わらずに当時の悲劇を無言で物語っています。北上川に沿うように建てられ、川を逆流してくる津波に飲み込まれた小学校です。生徒が裏山へ逃げよう、といったのにも関わらず校舎内に留めた大人(教師)の判断で多くの生徒が命を失くしたと、裁判にもなっています。どこへ行っても、こんなにたくさん小さな子供の墓碑名を見ることは無いと思います。ねじ曲がった通路、がらんどうになった教室・・・あの日から時間が止まっていました。釜石の中学校では先生の言う事を聞かず、裏山に避難した生徒のお蔭で1名の職員さんを除き全員が助かりました。釜石の奇跡として語り継がれていますが、ここは小学校です。小学生だから先生の言う事を信じて疑わず、校舎にいたら大丈夫、と思い込んだんでしょう。何でもかんでもマニュアル通りに、というのは時と場合によってむしろ手枷足枷になってしまいます。だからこそ「津波てんでんこ」という教えを盛んに訴えています。津波が来たらとにかく高い所へ逃げろ、その時はバラバラになっても、後から絶対会えるから後戻りはするな、という教えです。耳にされた方もいらっしゃると思いますが、恐らく被災体験者の講演では必ずこの話が出ていると思います。

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今回の参加者の中には元教職者やPTA関係者も何人かいらっしゃいました。恐らく自分が当事者だったらどういう判断をしたんだろうと自問自答されたかもしれません。今後の防災・減災教育で何を伝えようかと思い巡らせた方もあるかも知れません。この悲劇を後世に語り継ぎ、防災教育などで活かすことが犠牲になった子供たちへの何よりの供養になると思います。

またしても重い空気に包まれた一行は女川町へ。町の中心部へ、とも考えたものの移動距離を考慮して断念しました。向かったのは指ヶ浜漁港。ここでは銀鮭やホタテ、ホヤなどの養殖をしており、ブログでも再三ご紹介した「まんちゃん」の暮らす集落です。現在、指ヶ浜仮設住宅には12世帯が生活しています。本来、今年の初めには復興住宅に移る予定が工事の遅れで年内ギリギリ化、来年になると伺いました。まだ当面は不便な仮設暮しが続くようです。丁度、養殖の銀鮭にエサをやる時間だとご主人さんと息子さんが船に餌を積込む作業を見学させてもらいました。漁港の隅には・・・ありました!昨年お届けした2本のアルミ箱。あれからずっと活躍しているようで、「これがあるから本当に助かってるよ」と笑顔で話してくれたのが何よりの喜びです。

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ここでは少し店開き。まんちゃんが手作り小物を作るための布地や、仮設住宅の皆さんへ消耗品をお渡ししました。先月から銀鮭の水揚げ(出荷)も始まり、浜はこれから活気に溢れます。今度来る時は午前中においで、そうしたら船で養殖生簀へ案内するから、と有難いお言葉も戴き、また近い内に再訪する約束をして女川を後にしました。来た道を戻り、大川小学校を通過して三陸道へ入り、終点の登米東和ICまで突っ走り、一般道で南三陸町へ。折角ここまで来たら、と南三陸さんさん商店街へ入り、お待ちかねの夕食を取りました。ここの名物は「きらきら丼」という海鮮丼で、季節によって旬の海産物が取り入れられますが、丁度5月からは「ウニ」が盛られた「きらきらウニ丼」が始まっていました。お値段は¥2,500と高目ですが、新鮮な山盛りの海鮮には納得です。たまには自分へのご褒美に、と何の根拠も無い理由を付けて迷わずウニ丼を頼んだ自分がいました。ウニが苦手な人も海鮮丼や刺身定食など、それぞれ好みのものを頼んでいましたが、中にはカレー屋さんに飛び込んだものもいたとか。ま、それも良し、としましょう。時間も遅かったので既に閉店しているところも多かったですが、何とか滑り込めてやれやれです。

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防災庁舎も依然として残っています。最早、これ以外に目立った建物は殆どありません。

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南三陸を出る頃にはすっかり暗くなり、ひたすら45号線を北上。南三陸町、特にこの志津川は嵩上げ工事の真っ最中で道路の両側は8mほどの土の壁になっています。前回と道路が変わったり、回りの景色も変わっているので道を間違わないことだけを念じ、ひたすらハンドルを握ります。気仙沼を過ぎ、陸前高田に入る手前で空がやけに明るいことに気付きました。そう、あのベルトコンベアがライトアップされていたんです。昼間は何度も見ていましたが、夜に見るのは初めてです。名古屋港に「名港トリトン」と呼ばれる橋があって、これも夜間は照明が点くんですが、それよりも遥かに明るく、まるで吊り橋のようなその光景に圧倒されました。コンベア以外は真っ暗闇の旧市街地を通過し、漸く大船渡市へ。一本松も後日見ることにして取り急ぎ今回の宿泊先である「フレアイランド尾崎岬」へ。設備の充実したキャンプ場で、あすなろでも何度か利用させて戴いています。何せリーズナブル。資金が乏しく、全て自己負担で参加してくれるメンバーには安く、しかも快適に過ごせる宿泊先を確保するのも大切なんです。その点、ここは打って付けなんですが、問題は入浴時間が午後9時までであることと、食事の提供が無い事。この日も大船渡市の外れにあるスーパー銭湯でお風呂を済ませて戴きました。女性陣はコテージだったので風呂付ですが、男性陣のバンガローは2段ベッドで風呂は管理棟まで歩いて行かなくてはなりません。敷地内には赤崎中学校の仮設校舎も建っており、GWにも関わらず半月前に予約しても追加した14人分の宿泊が確保出来たのも有難い反面、まだここがキャンプ客のニーズが少ないのか、と淋しい気持ちになります。ロケーションも最高で、眼下には太平洋、グラウンドや宿泊棟の近くには鹿も出て来る自然一杯の場所です。機会があれば是非ご利用下さい。部屋に入ってからも雑談して夜は更けていきましたが、長旅の疲れもあり、午前1時過ぎには全員深い眠りに落ちて行きました。

 

さて、日が変わって4日(月)。今日は釜石で子供さんたちにイベントを行います。ここから釜石まで約70km、準備時間から逆算して7時30分出発です。途中、唐丹駅前で今回の窓口を引き受けて戴いた難波さん、そして隼人君の両名が出迎えてくれ、勇人君を先頭に4台の車列が会場へと向かいます。唐丹駅から見下ろした風景もかなり変わっており、遠くに見えていた学校の校舎も跡形なく撤去されています。それでも電車が開通したため、駅舎は綺麗になっていました。走っていると釜石大観音様が見えて来ました。2011年の10月、あそこで初めて勇人君と出会ったんだな、などと思いに耽っているうちに今日の会場となる「平田漁港」へ到着です。事前に難波さんが漁協さんに使用許可を取って戴いており、早速漁協施設のまん前で設営開始!取り敢えず役割分担をしてあったので、各自担当の設営・準備をテキパキとこなしてくれます。振舞いコーナー、ゲームコーナー、プラレール・・・勿論、適材適所に配置したつもりですのでスムーズに行くのが当たり前なんでしょうが、「あれが無い」「これが無い」と大騒ぎしながらの準備、これもまたあすなろらしくていーや、とあくまでもポジティブに。準備には毎回お世話になっている駄菓子屋さんの梓さん、その娘さん2人、ご家族と絆釜石の新野さんが手伝いに来て戴いていました。準備段階からちらほら家族連れの姿が増えてきました。この時点で天気は少し雨が降ったり止んだり、という微妙なものでしたが、そんなことはお構いなし。無事イベントがスタートしました。一番目立つ場所に設置したトランポリンはやはり一番人気。ゲームコーナーにも子供たちが列を作り始めます。難波さんと梓さんが告知チラシを作って呼び掛けて戴いたようで、本当に現地の仲間の有難さを痛感します。あとは余計な説明も不要ですので、イベントの様子をご覧下さい。

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これらの写真は準備風景です。ボールプールやプラレールはみっちゃんをはじめたくさんの方からご提供戴いたものです。トミカも人気で、子どもよりむしろ担当の大人の方が夢中になっているのを私は見逃しませんでした。(*^_^*) 振舞いコーナーのメニューは定番の四日市とんてき、焼はまぐり、綿菓子に加え、今回参加してくれた中学校1年生のこころちゃんの提案で餃子皮を使ったミニピザ、渡邊さんによるイチゴ大福、そして地元女性陣による握り立てのおにぎりとバラエティに富み、漁港にいい匂いが立ち込めました。もちろん、来場者よりもあすなろスタッフが我先にパクついていたのは言うまでもありません。(^_^;)  当日は釣り大会も同時開催したんですが、予想に反してお母さんたちが夢中になっているのには驚きました。釣果は残念ながら尾ひれのついた魚は釣れず、カニ1匹とホヤ(!)1個だけであったことをご報告しておきます。またリベンジやな〰。

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少しでも会場の雰囲気が伝わりましたでしょうか?最早、「支援」じゃないんです。一つの場所で一緒に食べたり遊んだりして楽しい時間を共有することで一体感も生まれます。皆さんからご提供戴いたおもちゃ、協力金で買わせて戴いた食材、全て無償の善意でこのような活動をさせて戴いています。食べたいものは数に余裕があれば好きなだけ食べ、欲しいおもちゃがあれば自由に持ち帰ってもらう。そんなスタンスで毎回たくさんの子供たちの笑顔を見せてもらえます。一緒に来場した親御さんたちもこの時ばかりは何もかも忘れて楽しんでもらいたいと心から願っています。

さてさて、今回は勇人君にお願いし、「語り部ツアー」も行いました。初めての参加者、是非とも!という希望者を募り、会場の留守番組を残して15名がバスに乗り込みました。忙しい中、勇人君が用意してくれたパンフレットです。

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中には勇人君が旅行会社の人だ、と思ったメンバーもいたようで、それだけ立派なパンフレットを作ってくれていました。被災者数、発災当時の写真なども盛り込み、これだけでも十分お土産(?)になります。

最初に案内してもらったのが鵜住居の常楽寺。ここには慰霊碑が移設され、本堂も新しく建て替えられています。全員で花と線香を供え、犠牲者の冥福を祈らせて戴きました。

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この鵜住居地区も急ピッチで嵩上げ工事が進められています。聞く所によると、釜石で開催決定となったラグビーのワールドカップの会場がここから近いから、とのこと。然し、勇人君の言葉だと釜石のラグビー人口は数人だとのこと。かつて一世を風靡した社会人チーム「新日鉄釜石」は廃部となり、2つの学校にラグビー部があるからその部員だけだ、というのです。一つの復興の起爆剤になれば何よりですが、まだ住民との温度差は大きいようです。

続いて訪問したのが大槌町役場。過去にも何度か訪れた場所でしたが、改めて止まったままの時計を見ると当時の情景がフラッシュバックしてきます。

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上の4枚の写真は2011年7月に初めて大槌町へ入った時のものです。

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この4枚が今回のもの。フェンスで囲われ、中の様子は解りませんが慰霊碑も設置され、周辺の整備はかなり進んでいました。4年の月日を長いと感じるか早いと感じるかはそれぞれ異なるでしょうが、それでも少しずつ復興に向けては動きだしているようです。

その次に行ったのが「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった蓬莱島でした。震災後、島まで堤防が作られ、干潮時には島へ渡ることも出来ます。ご存じの方もみえるでしょうが、実は私は昨年一度上陸を果たしていたんです。今回が2度目の上陸となったんですが、おそらく2度上陸した三重県人は自分が最初だろう、と自負しています。ここには航海の安全のための灯台と小さな境内が設けられています。鳥居は根元から津波で押し曲げられ、今回は基礎の部分しか残っていませんでした。社の中はそのままで、天井にも穴が空いたままでした。

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最後に訪れたのは山田町。ここへは三重県からボランティアバスも運行していた縁のある場所です。活動報告書を書き始めた頃には再三屋根の上にポルシェと船が打ち上げられている写真を掲載しました。「鯨の博物館」の前も大きな池のようになっていたのを思い出します。

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上の5枚、2011年5月に撮影したものです。中央右の写真に写っている丸い屋根が鯨の博物館。それを包み込むかのように盛り上げられた瓦礫の高さがこの地の被害の大きさを物語っています。下の老人福祉施設も既に取り壊されて更地になっています。

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勇人君の説明では、この山田町は東京から公共交通機関を使って最も時間が掛かる場所だといいます。それほど不便な地域ですから発災当時はなかなか救援が来なかったそうです。ピンポン玉位のおにぎりを2個渡されて3日分の食糧だと言われたり、想像を絶する避難生活を余儀なくされた話はやはり現地の人が話してくれる「実話」は真実味が違います。その情景が伝わってくるんです。今、東北のあちらこちらで「語り部」さんのガイドツアーが催されています。もし現地へ行かれることがあれば、どうかそのツアーに参加して下さい。マスコミからは知り得ない「事実」を知ることが出来ます。

約3時間の行程を終えて平田漁港へ戻ると既に後片付けも終わっていました。

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時間をもてあまし気味のスタッフに交じって、見覚えのある方が。勇人君のご両親がわざわざ我々のために船を出してたった今採って来たばかりの三陸ワカメ・昆布、そして貴重なメカブを大量にお持ち下さったんです。ここのワカメや昆布は絶品です。歯ごたえも良く、味も濃厚な気がします。三重でもワカメの養殖をしていますが、その種は三陸から買っているという話も聞きましたが、やはり育つ環境の違いなんでしょうね。だんだん舌が肥えていくのも困ったもんです。実は、ご両親も長年住み慣れた浜から今年引っ越しをされます。所属する漁協も変わりますので、ワカメの養殖は今年が最後。そのため、どうしてもみんなに食べさせたかったとのことです。そのお気持ちだけでも有難く、やはり噂に聞いていた三陸の漁師魂は本当なんだと実感しました。お話したのはほんの僅かな時間でしたが、お父さんのされている釣り船の客としてまたお邪魔することを約束しました。

イベント会場に別れを告げ、本日最後の訪問地、鵜住居の「絆釜石」さんへ移動です。今回の活動の2つ目の目的は子供たちと目一杯楽しむことと、現地の方との交流を深めることでした。居酒屋もやってみえる絆さんのお店をお借りし、交流会の始まりです。近くのスーパーで食材を仕入れ、屋外ではバーベキュー、室内では絆さんが用意してくれた刺身盛りがスタンバイ。勇人君の乾杯の発声でツワモノどもの宴が幕を開けました。折角だから、と戴いたばかりのワカメを早速しゃぶしゃぶにして戴きましたが、その美味しいこと!鍋に湯を沸かし、ワカメをさっとくぐらせてポン酢で食べるだけのシンプル極まりないものですが、どれだけでも食べられる、とはこのことを言うんでしょうね。大きなスチロール一杯に詰まったワカメもあっという間に完売です。とりわけ女性陣には大好評でした。

今回もあすなろ名物のサプライズ企画がありました。今日の窓口になって戴いた難波さんが5月3日、初参加の高田さんが5月4日と2人が誕生日だったんです。実は、難波さんには事前にケーキの手配をお願いしたんですが、本人が誕生日だと言う事に気付いたのはその後で、今更追加のケーキを頼むのもヘンな話ですのでずっと黙っていました。買出しに行ったスーパーに花屋さんがあることは知っていたので2人分の花束を用意し、何食わぬ顔でサプライズのタイミングを窺がっていた時、偶然とはいえ、同行のみっちゃんが佐賀県のご友人に頼んでケーキを送ってもらっていたんです。こそこそと打ち合わせ、誕生祝いに華を添えて戴く事になりました。そして、今回合流して戴いた栃木の高野さん。彼は昨年7月の釜石での音楽フェスタでもステージを務めたミュージシャンでもあるんですが、彼の提案で「ハッピバースデー」の歌を娘さんに歌ってもらおうということになりました。伴奏は我社の中川君の生ギターで、いざサプライズの始まりです。全員に声を掛け、こころちゃんのリードボーカルに合わせての大合唱。偶然にも難波さんと高田さんは同い年。ガッチリ握手して一緒にロウソクを吹き消した様子は何かほのぼのとして見ているこちらが嬉しくなりました。更にサプライズは続きます。娘から母への歌のプレゼント。こころちゃんが選んだ曲がこれまた秀逸で、曲名は失念しましたが「母よ、母よ、感謝してます・・・」という内容でした。これには全員ノックアウト!中には目頭を押さえる姿もちらほら見受けられます。またこの子の歌の上手さはとても中学1年生とは思えないほど、澄んだ声、ファルセットも利かせます。やんややんやの喝采の中、続いては高野さんから難波さんへの歌のプレゼント。難波さんは知る人ぞ知る、「歌手 高野健二」の大ファンなんです。これまた素晴らしい歌声(本業は会社員ですが、バンドを組んでライブをする人ですから当然です)を聴かせて戴き、サプライズ企画は想像以上の大成功を納めました。その後も親子の熱唱、気の合うモノ同志、ソロと次々に歌が飛び出し、楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。最後に絆さんから挨拶を戴きましたが、突然男泣きされた姿には本当に喜んで戴けたんだな、来て良かったな、と感動しました。今日のことを励みにまた明日から頑張れる、また会える日迄頑張れる、と言われた言葉は全く自分にも当てはまりました。こんな仲間がいてくれるからこそ自分たちも来ることが出来るし、遠く離れていてもどこかで繋がっているんだと思うと本当にかけがえの無いご縁を戴いている事が生涯の財産です。我々の為にご尽力戴いた難波さん、梓さん、勇人君、そして新野さん、本当にありがとうございました。

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そんな訳でこの日もフレアイランドのお風呂には入れず、またもやスーパー銭湯のお世話になったのは言うまでもありません。

 

さて、最終日。この日は朝8時半に出発して大船渡から亘理町まで南下します。途中、「産直はまなす」さんへ立ち寄りそのまま陸前高田の中心部へ。

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訪問するごとに土地の高さがどんどん変わっています。最終的には12mまで盛り土をし、それから新たに街づくりが始まります。嵩上げ工事があと2年ほどと聞いただけで気が遠くなります。

走り慣れたR45を南下し、気仙沼へ。丁度昼前だったので、港にある商業施設「海の市」で昼食を取る事にしました。気仙沼はフカヒレの名産地でもあり、この施設内にも「シャークミュージアム」が併設されています。水族館好きの自分としても是非入ってみたかったんですが、何せGWでしかも子供の日です。親子連れや観光客でかなり込んでおり、飲食店は軒並み順番待ち。またの機会のお楽しみ、としました。

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気仙沼からはまた45号線で南三陸町へ入り、三陸道の登米東和ICを目指します。着た時に通った道を戻ることになりますが、暗くて見えなかった志津川の様子を見てもらおうという目論見です。

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休憩に立ち寄ったさんさん商店街に隣接して物産センターや「駅」があります。このあたりはまだ鉄道が復旧しておらず、線路跡を代替輸送のバスが走っています。ここも一見すると「バス停」ですが、れっきとした「JR志津川駅」なんです。

このポータルセンターの裏手に、移転した「きりこ」がありました。南三陸では正月にこの「きりこ」を神棚に供える風習があったそうで、震災後は住民のメッセージをこのような形にして立てられていました。

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そしていよいよ最後の目的地、宮城県亘理町へ。行きにも立ち寄らせて戴いたんですが、あすなろの原点とも言うべき、自分としても格別の思い入れのあるところです。参加者の中にはイチゴを買ってくれた人も何人かいたので、改めて被災からイチゴ復活までの話を直接聞いてもらいたかったんです。

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斎藤さんのイチゴは現在2棟のビニールハウスで栽培されています。来年度はもう1棟増やすそうで、そこでは苗の株分けが始まっていました。自宅の中に招き入れて戴き、斎藤さんにここまでの経緯の説明をお願いしました。今思えば、辛い事を思い返させるようなことになってしまったのは私の軽率な思いによるものでしたが、それでも皆じっと耳を傾けてくれました。それまでは何故イチゴ団地に参加しなかったのかという素朴な疑問を持っていた者もいたと思います。イチゴへの想い、在宅避難者の苦労、住民間の軋轢・・・。実は、自分もこれほどゆっくり話を聞いたのは初めてでした。お邪魔する度に色々と話を聞かせて戴いたんですが・・・。消防団にも参加している渡邊さんも質問され、その聞いた話を持ち帰って何らかの形で地域防災に反映して戴けることと思います。ご家族からもお茶や摘みたてのイチゴ、お菓子や総菜までお気遣い戴き、これにも全員、大喜びでした。本当はここで今回の活動の打ち上げも兼ねてバーベキューをさせて戴く予定だったんですが、出発のリミットが迫っており、何やら中途半端な幕引きになってしまいました。ご一家の温かい見送りを受け、3日間の活動が終わりました。

 

とにかく慌ただしかったものの、すごく充実した活動であったと自分では思っています。ただ、GWということもあって旅行や外出している家族があったり、事前の準備があまり時間が取れなかった事など、相変わらず反省点はいくつも出て来ます。これを繰り返さないよう、もう少し綿密に企画を練る必要がありますね。人数も多かったため、個人個人の目的も考え方も違うのは仕方のないことですが、やはり何度か参加して顔見知りがいる人はその人とゆっくり話もしたかったでしょうし、物足りなさもあったかと思います。ただ、イベントが終わったらそれで帰るだけ、というのは本来のあすなろの意図することには反しますので、もっと現地の人達と交流を深める内容にしたいと感じました。1ヶ所か2ヶ所で十分な時間を取れればそれも可能ですが、今回は日程が長かったのであれもしたい、あそこにも寄りたいと欲張ったのは現地の方にも、また参加者にもご迷惑をおかけしたと深く反省しています。それでも殆どの人達が連絡先の交換をしたりして、また新たな交流が始まったのも事実です。FBでもどんどん繋がり、メッセージのやり取りを見ていると次回一緒に活動する時はもっと親しく交流出来るんだろうな、とワクワクします。平素連絡を取り合う事でそれぞれの取り組み方や考え方も見えてくるでしょうし、今回のような盛り沢山な内容にせず、1ヶ所の仮設住宅に絞って活動するとか、子供向けのイベントに絞るとかすればまた新たな方向性も見えて来ると思います。今回も工作教室を準備していたんですが、3つのうち2つは出さず仕舞いでした。こちらのスタッフが視察ツアーに大半が回ったためです。ツアーが無ければ出来たかとは思いますが、やはり現地ガイドさんの語り部ツアーは必須でした。だからこそ中途半端になってしまうんですね。ツアーを組むならそれに全員参加にするとか、現地の方にお願いして引き継げるようにするとか、今後の課題が少し見えて来ました。事前の打ち合わせの方法が課題でもありますね。あすなろ応援便、第40弾にしてまだまだ発展途上です。どうか、参加するしないに関わらず、皆様の忌憚の無いご意見をお聞かせ下さい。そして、これからもあすなろ応援便を温かく見守って下さい。

長い活動報告を最後までお読み戴き、本当に有難うございました。

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あすなろ応援便 第40弾 行程について

参加者の皆さんから行程のお問い合わせがありましたので改めてご案内申し上げます。

5月2日(土)  午後18時30分集合

           午後19時00分    出発

           午後23時45分   東名厚木バス停(1名合流)

 

5月3日(日)  午前 7時30分    常磐自動車道 広野IC

               8時30分〰 富岡町・・・南相馬・・・山元町・・・亘理町・・・

                        石巻市・・・女川町・・・南三陸町・・・気仙沼市・・

                        陸前高田市・・・大船渡市(泊)

 

5月4日(月)  午前 7時30分   大船渡市出発

               8時30分  釜石市/平田漁港にて設営開始

              10時~    「ふれあいフェスタ IN 釜石」 開催

              15時      イベント終了

              16時      鵜住居へ移動、交流会

              21時      大船渡(泊)

 

5月5日(火)  午前 8時      大船渡出発

           午後13時     亘理町

              18時     亘理町出発

 

5月6日(水)  午前 9時頃   鈴鹿帰着、解散

 

*あくまでも予定であり、道路事情等によりコースが変更になる可能性があります。

*3日は駆け足になりますが東北の現状を知って戴くコースにしました。献花をする

  場所も何ヶ所かあります。また、福島県内では放射線量の高い場所も含みますこ 

  とを予めご了承下さい。(マスクは準備しています。)

 

*4日のイベント開催中、ご希望の方は現地の方にお願いして「視察ツアー」を用意

  しております。釜石から山田町あたりまで2〰3時間の行程です。(マイクロバス)

*5日はイチゴ栽培の視察、状況によりイチゴ狩りを予定しています。

 

*行程中の食事は復興食堂や仮設飲食店などを利用しますが一度に全員が入れ

  るような店がありませんので分散して戴きます。

*土産物は気仙沼、陸前高田、釜石などで立寄ります。お勧め商品などは別途ご

  案内します。

*先に参加費¥15,000/人とお知らせしておりましたが今回いつも使わせて

 戴いているバスが押えられなかったため、レンタカーを借りる事になりました。

 誠に申し訳ありませんが、¥20,000に訂正させて戴きたく存じます。宿泊費は

 含まれております。

宿泊先は3日・4日とも        

                     岩手県大船渡市赤崎町字鳥沢188-7
    フレアイランド尾崎岬  電話・FAX 0192-27-4478
 
に予約しています。

 女性はコテージ(4人1室)、男性はバンガロー(8人用・6人用)です。コテージには

 浴室がありますが、バンガローにはありませんので管理棟の浴室又はシャワーの

 利用となります。(市内にスーパー銭湯あります。)

往路の車中で再度行程の説明はさせて戴きますが、ご不明の点がありましたら

遠慮無くお問い合わせ下さい。

尚、観光色の強い行程ですが、従来通り往路は禁酒とさせて戴きます。

また、マイクロバスの車内は往路・復路共禁煙とさせて戴きます。何卒ご理解、ご協力をお願い申し上げます。

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あすなろ応援便 第40弾について(お願い)

来月のゴールデンウィークに第40弾の実施を前に、ようやく乍ら準備を始めました。以前にも書いた通り、今回は少し内容が異なり、応援便というよりは「お遊び」の要素が多い内容にしました。

久し振りに当方から参加して戴くメンバーは約20名となり、現地でも馴染みになった皆さんにお手伝い戴けるようですので、スタッフは総勢30名以上になりそうです。

今回の行程はGWの大渋滞にも関わらず、かなり強行スケジュールを組みました。何せ、初めて参加して戴く方や暫く東北に行けなかった方、ボランティアはしていたものの初めての訪問先だから、と理由は様々ですが、誠に勝手乍ら自分自身がどうしてもこの機会に見て置いて欲しい場所、会って欲しい人達のところへお連れしたい、という想いが募り、変更になる可能性は大ですが次の行程で向かいます。

東名・首都高速・常磐道経由で仙台東部道路・三陸道を走り、3日の夜に大船渡へ。初日の見学場所は常磐富岡駅前、南相馬、亘理、石巻、女川、南三陸で震災の爪跡を敢えて見てもらうコースにしました。まだ線量が高い地域、4年前とほとんど変わっていない場所、震災遺構など、初めての方には少々辛い気持ちにさせてしまうと思います。それでも、やはりこの機会に現地の状況をしっかり目に焼き付けて欲しいと思います。夜には宿泊地である大船渡に入りますが、ホテルや旅館ではなく馴染みのフレアイランド尾崎岬のバンガローです。夕食は復興屋台村。大人数でまとまっては入れませんので各自好きな店で、というスタンスです。

翌日は8時頃出発し、一路釜石の平田漁港へ。この日は終日子供さん向けのイベントをして過ごします。今回参加のスタッフで、小物作りや料理の得意な方がいらっしゃるので、振舞いコーナーや工作教室など、今まで以上に充実し、子供はもちろん高齢者の皆さんにも参加して楽しんで戴ける内容になります。夕方にイベントを終了し、反省会と交流会を兼ねて鵜住居の「絆 釜石」さんへ訪問。現地の皆さんとの交流を深めたいと思います。その後、再び大船渡へ戻って宿泊、最終日は早朝7時出発で大船渡市街、陸前高田、気仙沼と回り、昼過ぎに亘理のイチゴ農家さんへ。復活したイチゴ畑を見せて戴き、残っていればイチゴ狩り、そしてお母さんの手作り郷土料理と体験談を聞かせて戴きます。駆け足の三陸訪問ではありますが、こんな機会(GW)でも無ければ出来ないことです。そんなハードスケジュールにも関わらず参加して戴く皆さん、そしてGWにも関わらず温かく迎えてくれる皆さんには心より感謝申し上げます。

さて、今回は特に配布会は予定していませんが、どこでも需要の高い消耗品類と景品に使えるようなギフト商品、保存の利く食品・海苔・佃煮・調味料などのギフト商品をご提供戴けるのでしたら有難いです。

誠に心苦しいお願いではありますが、今回のイベントはかなり経費が嵩みそうです。これまでにも既にご協賛戴いた方もありますが、もし応援してやろうというお気持ちを戴けるのでしたら有難いです。ご協力戴いた浄財は全てイベントの運営資金や献花台での供物などに充当させて戴きます。何卒宜しくお願い申し上げます。

協力金振込先    ゆうちょ銀行 【店名】 二二八 【店番】228 普通預金

              【口座番号】2871325 【口座名義】あすなろ応援便

ゆうちょ銀行からのお振り込みは 【記号】 12270 【番号】 28713251

                      アスナロオウエンビン 宛でお願い申し上げます。

尚、物資のお問い合わせなどは携帯メール hiro-yotsuun@docomo.ne.jpか

PCメール dolphine0913@yahoo.co.jpへ戴くか、携帯電話 090-3253-0251へ直接ご連絡戴ければ幸いです。PCメールは最近機種が古いためメールを送れませんが、タブレットで受信・読み取りが出来ますのでご返信に時間を要しますが予めご了承下さい。

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第40弾 補足

お蔭様で第40弾のご案内をさせて戴いたところ、現時点で14名のお申し込みを戴き、正直10名も集まるかな、とタカを括っていたんですが、嬉しい悲鳴を上げています。今回はあすなろの新しい形を作りだす第一歩としての企画なんですが、一部言葉足らずの点がありましたので改めて目的・主旨のご説明をさせて戴きます。

2011年4月末に第1弾を運行して以来、今日まであすなろとしての活動は39回に及びます。それ以外にも「番外編」や仕事絡みで立ち寄ったりしたものを加えれば実に50回を超える回数を重ねて参りました。1年目はとにかく物資配布のノウハウしかなく、なんでもかんでも集めては東北へ運ぶというのが主流でした。しかし、回を重ね、現地で話を聞く内に子どもさんたちが遊ぶ場所がないことが解り、少しでも楽しい思い出を作るお手伝いをしようと夏まつりを企画し、その後もクリスマス会や餅つきも取り入れました。次に気になったのが仮設住宅で暮らす高齢者の皆さんが集まる催しが少ない事。何度も書きましたが、冬場は特に屋外へ出ること無く「ひきこもり」状態になってしまいがちだったんです。配布会だけでは見に来ても置く場所が無いから、と淋しそうに帰られる姿を何度も目にしました。そこで、それまでは禁断の領域であった「炊き出し」をすることにしました。炊き出しをしなかったのは、勿論経費がかかることも有りましたが、それ以上に数量の把握が出来なかったからです。以前のように不特定多数の住民が集まられる場所では100用意するのか、300必要なのかは出たとこ勝負で、多い分には良いんですが少なければ不公平になり、お互いに後味が悪くなることを恐れていました。今は事前に世帯数などを伺い、その場所限定で炊き出しを行うようにしましたので大体公平に行き渡るようになりました。この炊き出し(・・・我々は「振舞い」と称していますが)を始めてから、面白い現象が起こりました。住民の方が率先して手伝ってくれるんです。団子を焼いたりハマグリを焼いていると必ず手伝ってくれる方が現れ、いつしか我々が食べる側になっていた、なんてこともありました。「自分が出来ること」を提供するのもいいのかな、と感じ、それ以降はイベントでも子供さんが綿菓子やかき氷を自分で作りたい、と言えば作って貰いますし、みんなで一緒に楽しむことを心掛けました。

今回、いつも同じ内容ではこちらもつまらないな、と思っていた時にある方の話が脳裏を過ぎったんです。「震災前は毎年海水浴に行っていたけど、あの日以降は海に近付きたがらない」 「海を見るのが怖い」 そう言う方が多いんです。「子どもが海に行きたがるけど、自分(親)に恐怖心があるから連れて行けない」

その話を思い出し、何か胸が締め付けられました。三陸の沿岸部を走っていると、本当にあの忌まわしい災害が起きたのか、と疑いたくなるような素晴らしい景色が広がっています。真っ青な海、豊かな海産物、やはり三陸と言えば海は切っても切れない宝物だと思うんです。そんな素晴らしい場所に住んでいながら海が嫌い、海は怖いという気持ちを持っている子供さんは気の毒です。だからこそ、今回は敢えて海岸で釣り大会を開催することにしました。君たちの住んでいる所はこんなきれいな海があるんだよ、そこにはいろんな魚がいるんだよ、海って楽しい場所なんだよ、と思って貰えるお手伝いです。勿論、自分自身が釣りを多少するので自己満足なのかもしれません。それでも一緒に釣り糸を垂らし、釣れた魚を自慢しあう、そんなこちらではごく当たり前のことをしてあげたいんです。勿論、「大会」とする以上は賞品も用意しますし、簡単な表彰式も出来れば、と思います。みんなが参加して楽しかった、と喜んでもらうことが一番です。そして、住民の方にも釣った魚を料理してもらったり、何らかの形で参加してもらいたいと思っています。

今回の企画には釜石のNさんにご協力戴いております。会場予定地の漁協さんにも了解を取って戴いたり、子供さんたちへの告知もお手伝い戴きます。Nさん以外にも釜石で知り合った皆さんが「現地スタッフ」としてお手伝い戴けるのが何よりも有難く、嬉しいことです。遊ぶことには苦労を厭わない私です。釣った魚の魚拓を作ろうか、とか漁師さんに「漁師鍋」作ってもらえたら、とか次々に悪だくみが出て来ます。どんな結果になるかは開けてみないと解りませんが、きっと忘れられない思い出が作れることと期待しています。

冒頭に現在の参加表明が14名と書きました。この中には勿論何度も参加してくれているメンバーもいますが、初参加の方が多いことも特筆すべきことかも知れません。4年経って、先日まで追悼行事や報道番組が全国で取り上げられました。それを見てあすなろの活動を知った、という方から同行の申し入れがあったり、当社の得意先の事務員さんのお父さんが現在石巻の護岸工事で行っているから、その現地の状況をどうしても見たい、と申し入れがありました。遠くは米子や四国、北陸からも打診を戴きました。まだまだ熱い想いを持った仲間が多い事に励まされ、時間の経過と共に変化していくあすなろの活動をより広く知って戴くためにも出来る範囲ではありますが精一杯取り組んでいこうと思います。今回はGWを利用して、今までに訪問した場所、出会った人々に少しでも顔を出せればと思います。

FBでも掲示させて戴きましたが、また改めて募集する物資をご案内させて戴きますので、何卒この主旨にご賛同戴けましたらご協力戴きます様、心からお願い申し上げます。

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あすなろ応援便 第40弾のご案内

昨年11月の39弾から暫く時間が経ちましたが、本年度の1回目の活動を行います。

今回は渋滞必至のGW、5月2日(金)の夜に鈴鹿を出発し、3日に福島県いわき市~相馬市を車中より見学、石巻、女川を回ります。4日は岩手県釜石市で子供さんたちと釣り大会・地元の方達と懇親会、5日は南三陸を経由して宮城県亘理町でイチゴ狩りをします。今までにない、「観光気分」での活動になりますが、まだ残されている震災の爪跡を見たり現地の方の体験談を聞かせて戴いたり、と内容の濃い活動にしようと思っています。宿泊先は3日・4日とも、大船渡市のフレアイランド尾崎岬で予約してあります。(コテージ) 但し、人数が増えれば追加予約の必要がありますので、ご参加を希望される方は今月中にメッセージをお願いします。尚、途中参加・離脱も柔軟に対応させて戴きます。4月半ばには行程の詳細を確定しますが、取り急ぎご案内申し上げます。

 

参考までに:

  今年3月に全線開通となった常磐自動車道を経由しますが、福島県では除染作

  業で出た土砂などを詰めた黒いフレコンバッグが畑に山積みにされている様が、

  宮城県の山元町から仙台空港付近までは道路の東側は津波で洗い流された空

  き地が広がっている様子を見てもらえます。石巻では門脇小学校前で献花を行

  い、盛り土の盛んな女川町の中心部へ行き、時間が許せば「希望の鐘仮設商店

  街」に立ち寄ります。

  夜は大船渡の「屋台村」で食事・意見交換会を行います。

  宿泊先のフレアイランド尾崎岬はあすなろとして何度も利用させて戴いたキャン

  プ場ですが、その敷地内に赤崎中学校の仮設校舎が建っています。

  翌日は陸前高田市のベルトコンベア・一本松を見学後、三陸道で釜石市へ向か

  い、平田漁港で地元の子供さんたちと釣り大会、ゲームコーナーなどで一緒に楽

  しみます。その後、「居酒屋&リサイクルショップ絆釜石」さんに伺い、交流会を

  したいと考えています。夜は再び大船渡へ戻り、翌朝はR45号を南下して気仙沼

  港に立ち寄り、南三陸町の防災庁舎で献花。そのまま宮城県亘理町に向かい、

  ブログでも再三ご紹介させて戴いたイチゴ農家さんで仙台イチゴ狩りをさせて戴き

  ます。

 

以上が大まかな内容ですが、何せGWですので渋滞等の事情によりコースの変更・

訪問先の増減は予めご了承下さい。尚、4日は希望者のみ大槌町・山田町へご案内

します。

参加費は全行程の交通費・宿泊費で¥15,000/人とさせて戴き、行程中の飲食費などは全て各自負担とさせて戴きます。

宿泊先の都合上、募集人員は最大15名までとさせて戴きます。(先着順)

長距離でしかもハードな行程ではありますが、是非とも現地の今の状況を見て、生の

声を聞くいい機会だと思います。宜しくお願い申し上げます。

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5年目の活動、先ずは四国から!

昨日のブログには不満とも不平とも言えないヘンな文章が残ってますね。後から読み返すと何を言いたかったんだろ、と我ながらあきれています。

さて、東日本大震災発災から丸4年経ち、今日から5年目に入りました。今日もTVでは被災者の心のケアについて取り上げているものがありました。皆様にはかなり物資のご協力をお願いし、一時は当社の倉庫が物資山積みとなって業務にも若干支障を来たす程でしたが、ここ一年程はかなり落ち着いて参りました。募集を呼び掛ける物資も、一時の衣料品、食器類は現地でも充足した感があるため現在は募集をしておりません。今、何が喜ばれるのか・・・?

TVなどでも取材されていましたが、現在は物資よりも心のケアと“生きて行く喜びや楽しみ”が何より求められている、と言います。仮設住宅や見做し仮設(行政の借上げ住宅)で生活を余儀なくされている大半は高齢者です。震災で家族も住宅も仕事も失って、毎日時間を持て余しています。地域ごと移った仮設なら顔見知りも多いので被災前と同じコミュニティが作られていますが、あちらこちらから集まった所では中々馴染めずに人と会うのが億劫になり、部屋引き籠ってしまう、最悪の場合、誰にも知られること無く孤独死を迎えることが現実に起きています。特に東北の厳しい寒さは高齢者を一層屋内に閉じ込めてしまいます。ある訪問先で「あんたたちが来てイベントやってくれたから生存確認が出来たわ」と言われた時は正直ショックでした。リーダーシップを取れる人物がいれば個々のコミュニティでイベントやお茶会など企画しているようですが、全てがそうであるとも限りません。だからあすなろの活動も配布会中心だったのがいつしか夏まつりやクリスマス会、餅つきと住民の皆さんと一緒に楽しむ内容に移行しました。我々の訪問で生存確認(事前に個別に呼び掛けて貰えるため)になるのなら、少しの時間でも笑顔になってもらえるのならそれだけでも訪問する意味があるんじゃないか、と考えたからです。

今月21日、仕事で徳島行きが決まったので、早速四国中央市のKさんに連絡を入れました。市の図書館が閉館することになり、その蔵書を提供して貰えるというお話を戴いたのが1月20日でした。その後、自身がインフルエンザに罹ったり、母親の入院とバタバタしてずっと放ったらかしになっていたんです。遅れ馳せ乍ら、漸く引き取りに伺うチャンスがやって来ました。本は仙台のYさんにお届け先を打診したりしていたんですが、絵本から小説と種類も数量も多く、何ヶ所分かにお届け出来ると思います。仮設の集会所なら高齢者の方にも読んで戴けるでしょうし、読書会のような集まりもしてもらえるんじゃないか、と勝手に想像しています。住民が集まれるきっかけ作り、それがこれからは一つの活動目標になると思います。

今、一つ企画しているイベントがあります。5月4日(火)に岩手県の釜石で子供さんたちを集めて「釣り大会」を開催しよう、というものです。当初は悩みました。今回の震災の一番被害を与えたのは津波です。未だに海に近づけない、という方もいらっしゃいます。今回対象にしている小・中学生は発災時はまだ小学生や幼稚園・保育園児だったんです。大人以上に津波(海)に対する恐怖心はトラウマになっていると思います。しかし、海が大好きな私は、子供たちに「海は危険、近付いちゃダメ」という気持ちを持って欲しくないんです。君たちの住んでいる所にはこんな綺麗な海があるじゃないか、そこには色んな魚がいて、すごく恵まれているんだよ、と思い出してもらいたいんです。一緒に魚釣りをして、釣った魚を一緒に料理して食べること。これなら住民の方にもお手伝い戴くことで参加して戴けるし、釣りをしない子でもゲームコーナーなどを設営して一日海の傍で過ごしたいんです。非常識だと言われるかも知れませんが、そこ(沿岸部)に住んでいる以上、海からは逃げられないんです。だったら、逆に海に親しむ機会を作るのもいいんじゃないか、と考えた次第です。別頁で釣り道具を募集しているのはそのためです。実際、最近はちらほら海岸で釣り人の姿も見ていますし、時期的にもいい頃じゃないでしょうか。夜には地元の人達とカラオケしたりする、今まで「遊び気分」をしてこなかったあすなろの活動としては異色になりそうです。企画内容・募集物資は改めて後日ご報告させて戴きます。

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