第43弾 活動報告

5月も半ばを過ぎ、新緑というよりはもう初夏の陽気を感じる今日この頃です。3月の連休に東北へ行き、4月の初旬に四日市で防災に関するイベントを開催し、その後ずるずると時間だけが経ってしまいました。その間、4月に熊本で地震が発生し、大きな被害が出ております。被災された皆さんに心よりお見舞い申し上げますと共に、犠牲となられた方には心よりお悔やみ申し上げます。

そんな言い訳で申し訳ありませんが、遅れ馳せ乍ら第43弾の活動報告をさせて戴きます。

活動したのは3月19日(土)と20日(日)の2日間。今回は以前よりお世話になっている廣田さんに窓口となって戴き、岩手県下閉伊郡の山田町の仮設住宅3ヶ所へお邪魔しました。事前に希望される物資を伺っていたので、このHPでも物資募集の呼び掛けをさせて戴いたんですが、何せ事前に伺っていた世帯数は3ヶ所で約400世帯。当然消耗品などは不公平にならないようにそれなりの数量が必要となります。正直なところ十分な数量確保は難しいと思っていたんですが、あすなろ関係者をはじめ、従来よりご協力戴いている皆さんに加え、岩手の村田さん、米子の新宮さんたちががFBなどで呼び掛けて下さったお陰で想像を遥かに超える物資が集まりました。何せ、久し振りに大型車2台満載の物量となり、その中身も消耗品、食品、家具や日用雑貨など多種多様。佐賀県からは薬膳茶、大阪からはカップ麺1,000食、福井からは新品の卓球台と個人的にご協力戴いたものもあり、改めてご提供戴いた皆様の熱い想いに感謝、感謝しかありませんでした。

5年が経過し、物資の配布会という「無償提供」には賛否両論あることは重々承知しています。整地も進み、店舗も増え、場所によってはすっかり普通の生活が送れるようなインフラも進んでいます。しかし、一方ではまだ仮設暮らしから脱却出来ずに不自由な日々を過ごしている方々も少なくありません。今回お邪魔した山田町も5年前に比べて大きく変化していました。ご記憶の方もいらっしゃるでしょうが、「鯨博物館」の前は瓦礫の集積場となっており、被災した老人福祉施設の屋根の上にはポルシェと船が乗っかっていました。震災後に入ったボランティアグループが多額の横領事件を起こしたりという不幸も重なり、いつしか一般のボランティアが受け入れられないような状況があったと伺いました。そこから大きなスーパーがある場所までは車で数十分という不便な場所で、残っている住民もやはり高齢者が多かったです。日々の買い出しすら思うように出来ないこと、生活も未だ先行きが見えずに不安な毎日を過ごしていることなどを伺い、今回の活動に至ったことをご理解下さい。

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我々の活動は、現地の方のご協力無しには成り立ちません。今回も左上のようなチラシを3ヶ所分作って呼び掛けて戴きました。配布会だけでなく、住民の皆さんに喜んで戴ける企画も出来ました。何せ、参加メンバーには捜索犬のトレーナー、アニマルセラピスト、看護師、DJ、県防災会議のスタッフと様々で岩手・秋田・仙台・栃木・石川から現地へ来て会場を盛り上げて戴きました。スタッフだけでも20人以上はいたと思います。(名前さえ聞けなかった方も多数いらっしゃったので・・・) 初めて開催したアニマルセラピーは自分が一番癒されたんじゃないかと思うくらい、しっかり訓練された捜索犬と国内で唯一のセラピーキャットは本当に可愛かったです。

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さて、最初は「浦ノ浜仮設住宅]。高台からは海が見え、鯨博物館も見えます。到着時は人影も少なかったんですが、徐々に住民の皆さんが集まってくれました。釜石から駄菓子屋さんもご家族で駆けつけてくれ、早速準備開始。トラックには3ヶ所分の物資をある程度積み分けているんですが、その場に合わせて卸すもの・卸さないものを選びながらですからさぞかしヤキモキされたでしょうね。アニマルセラピー、石鹸デコ、炊き出しやゲームなど次々に準備が出来たものから楽しんで戴きます。子供さんが少ないのでトランポリンなどゲームは少々しか出せませんでしたが、無邪気な笑顔に安堵しました。

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ここでは2時間少々の滞在で、後ろ髪を引かれつつも物資やゲーム関連を撤収、次の会場に向かいます。近くにあった「かき小屋」には何台もの車が停まっており、美味しいと評判の「山田の牡蠣」を堪能されてるんでしょうね。足掛け5年、いまだに口にすることが出来ず、今回も涙を呑んで見送ることになりました。

さて、一行が到着したのは「猿神仮設住宅」。少し山の中へ入った場所でしたが、すぐ近くには熊が出没するという「警戒区域」だそうです。大型車が道路を塞ぐように入って行くと住民さんがわざわざ路肩に車を寄せてくれます。窓越しにお礼を言うと「すぐに帰って来るから待っててよー!」と嬉しい返事。今日の配布会を楽しみにされていたそうで、後から聞けばお孫さんを迎えに行かれるところでした。

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ここの仮設住宅もかなり転出されたそうですが、それでもまだ数十世帯が残っています。準備の前からたくさんの方が出迎えてくれ、わいわいと喋りながらの荷卸しは何より楽しい時間です。誰が言うでもなく、スタッフは勿論、住民の方も荷卸しを手伝って下さり、準備はあっという間に完了しました。

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先にも述べた通り、今回は看護師さんに健康相談もして戴きました。なかなか身体を動かす機会がないということで、物資の中にあった健康器具も大好評で、卓球台もこちらで活用して戴くことになりました。熊本地震でも再三報道されているように、狭い避難所や仮設住宅ではエコノミー症候群を患う方が多いです。少しでも身体を動かすことの必要性が言われますが、やはり高齢になると億劫だから余り運動しないんだよね、という話も聞きました。今後は定期的に卓球大会や囲碁・将棋など、みんなで集まって身体や指先を動かしたりする機会を増やしていきたい、と廣田さんご夫妻もおっしゃってました。いずれ、卓球を楽しまれている様子をお伝え戴けることを楽しみにしています。

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これまであすなろ応援便の宿泊先はキャンプ場などリーズナブルな所が主で、時には車中泊、またある時は個人宅でご厄介になったこともありました。今回は廣田さんのお取り計らいで、あの「宝来館」に泊めて戴くことになりました。腰まで津波を被り乍らも宿泊客を全員無事に裏山へ避難させたという女将さんがいらっしゃる、立派な観光旅館です。露天風呂もある温泉、心温まる料理、そして女将さんの震災体験のお話し。近くではラグビーワールドカップの会場の建設も進んでいます。

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部屋は男女別の大部屋でしたが、ボランティアの話や仕事の話、世間話と話題が尽きることも無く、おそらく5年間で唯一「旅行気分」になったのかもしれません。朝食後に伺った女将さんの話は意義あるものでしたが、それ以上に辛い想いになりかねない「海」と共に生きて行くんだ、という強く熱い想いをしっかり聴かせて戴きました。偶然にもこの地区のモデルとなったのが三重県にある「合歓の郷」だと知りました。海辺に作られたヤマハのリゾート施設なんですが、ホテル、ゴルフ場、温泉、マリンレジャーと自然を取り入れたことに着目し、この地域もそうなるべくこれまで歩んで来られたそうです。宝来館さんでも定期的にコンサートを企画したり、少しでもたくさんのお客さんに来て戴きたいと日夜尽力されています。お見送りの時に大漁旗を大きく振り回す女将さんの姿に元気付けられて宝来館を後にしました。

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今日は大浦仮設漁協センターで半日過ごします。トラックに残っている物資を全て卸し、ゲームコーナーも全てオープン。前日から応援に来て戴いている気仙沼FMのDJパルさん率いる若いボランティアさんが焼き鳥や綿菓子、ゲームコーナーなどを手伝ってくれ、活気溢れる会場となりました。

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3ヶ所目となるこの大浦では子供さんも多いと聞いていたんですが、どこにいるのかな~と探していると・・・体育館の中から我々の準備の様子を見つめてくれています。なんやら一杯積んでるけど、ボクたちのモノもあるのかな~、という感じです。あるよあるよ、君たちの為にゲームも持ってきたし、綿菓子もあるし、釜石の駄菓子屋さんからのお菓子も一杯あるよ!

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配布会も品定めに余念のないお母さんたちが楽しそうに見てくれています。手の空いているスタッフが話しかけながら一緒に希望の品物を探したり、重たいものや大きな家具などを住居までお届けサービスと、それぞれが自分なりに考えて動いてくれています。損得抜きで、ただただ「ありがとう」って笑顔で言って貰えることが嬉しいんです。全国のたくさんの皆さんからご協力戴き、現地の窓口となって受け入れ準備をして戴いた方があり、それを喜んでくれる住民の皆さんがいることが全ての原動力なんです。もちろん、全てOKだった訳でもなく、反省すべき点も多々ありました。パンケーキに使う牛乳も忘れたし、どこに何を仕舞ってあるか忘れたり、相変わらずのドタバタもありました。それでも誰も文句を言わず無事に3会場での活動を終えられたのはひとえに携わって戴いた皆さんのお陰でした。この場を借りて改めて心より御礼申し上げます。

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あすなろ応援便の活動には、表に出ない協力者が大勢いらっしゃいます。前列の女性が持っている箱の中身は佐賀県のNさんから送って戴いた手作りのクッキーやカップケーキがぎっしり詰まっています。昨年の釜石のイベントにも直接現地へロールケーキを送って戴いており、味は言うまでもありませんが、それ以上に心の籠ったプレゼントに感激しています。また配布会やイベントでは必ず空いたダンボールなどが大量に出ます。その会場で必要であったりする場合を除いてゴミと一緒に持ち帰るのが常なんですが、今回は栃木県から岩手県北上市まで資源回収に来られていたTさんが2日間行動を共にして戴き、たくさんのダンボールを軽トラに積んで引き取って下さいました。Tさんは「こども未来文庫」という活動に共感し、資源回収の為に軽トラックを買ってダンボールや鉄屑などの資源を回収し、その販売金額を全額子供たちのために宛がわれています。この売上金で絵本や紙芝居を買って保育所や幼稚園にプレゼントしたり、卒園する児童にクオカードをプレゼントしたりされています。我々が持ち帰れば単なるゴミにしかなりませんが、こうして別の形で有効利用されるのは何よりです。5年経って、ボランティア活動を続けている団体同志が自然に繋がったりご縁を戴いたりでより中身の濃い活動が出来るようになってきました。この活動の後、ひと月も経たないうちに熊本で震災が発生しました。すぐに現地へ向かった仲間もいますし、現地へ行かないまでもそれぞれの出来る範囲での応援をしています。いずれあすなろ応援便も熊本へ伺う機会があるかもしれませんが、そんな時にボランティア仲間からの情報や要請が必要であり、本当に必要とされる場所へ飛び込めるんだと思います。国内外を問わず、これだけ自然災害が勃発している今日では、いつ立場が変わって自分たちが「被災者」になるか予断を許しません。大きな被害が過去の出来事として風化していくのでは無く、逆らえない自然災害に遭遇した時にちゃんと「教訓」として活用できるかが問われているのじゃないかと思います。今回大変ご協力・ご尽力戴いた岩手の村田さん、5年経った今でも捜索犬と共に南相馬や三陸沿岸に出向いています。この記事を書いている数日前にも5柱のご遺骨を回収されました。まだ家族の元に帰れ無い方、いまだに例え変わり果てた姿でも帰りを待ち侘びているご家族もあります。まだまだ終わってはいないんです。だからこそあすなろ応援便も声を掛けて戴ける以上、活動は続きます。ただ、その活動があすなろ単独ではなく、色んな仲間との連携・協力の上で成り立っているんだということを痛感した今回の活動でした。今はただ活動自体が「自己満足」にならないように心掛けるのは勿論、これまでに戴いたご縁を最大限に生かせるような活動を展開していきたいと思っています。どうか引き続き、温かいご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。末尾になりましたが、今回大型車・マイクロバスのドライバーとして繁忙期にも関わらず社員さんを派遣して戴いた北海興業の太田社長様、山田町で受け入れ準備をして戴いた廣田様ご夫妻、大人数の昼食を準備したり設営にご協力戴いた山﨑様には特に感謝申し上げ、第43弾の活動報告とさせて戴きます。何せ時間が経って記憶を辿り辿りの報告書ですので可笑しな文脈になってしまいましたがどうかお許し下さい。最後までお読み戴き、誠にありがとうございました。

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